日本大百科全書(ニッポニカ) 「労働審判制」の意味・わかりやすい解説
労働審判制
ろうどうしんぱんせい
労働審判法により創設された、個別労働紛争の解決を図ることを目的とする制度。
労働関係の当事者である個々の労働者と使用者との間の民事紛争(以下、個別労働紛争という)には、解雇や賃金の不払い、労働条件の引下げなどさまざまなケースがある。このような個別労働紛争については、労使の交渉や通常の民事訴訟で解決することが可能である。しかし、労働組合の影響力が低下しているため交渉による解決はむずかしく、時間および経費のかかる民事訴訟も労働者には利用しにくい。また、雇用の不安定化や成果主義的な労務管理が採用されるようになったことなどから、個別労働紛争が増加してきた。そこで、司法への国民参加を理念の一つとした司法制度改革の一環として、個別労働紛争を迅速、適正かつ実効的に解決するため、労使の専門家が裁判官と対等な資格で審理に参加するとともに、調停による解決も追求し、それが不調な場合に判定を行うという、判定作用と調停作用を加えた独自の制度が構想された。その構想を立法化したのが労働審判法であり、2004年(平成16)に制定され、2006年4月1日から施行された。本法により創設されたのが以下のような内容の労働審判制である。
まず、審判の対象となるのは、労働契約の存否その他の労働関係に関する事項についての個々の労働者と事業主との間の権利紛争であり、賃金の引上げを求めるような利益紛争や労働組合と使用者との間の集団的な紛争は対象にならない。
労働審判制の中心をなす労働審判手続は、労働審判官1人および労働審判員2人によって構成される労働審判委員会が担当する。労働審判官は裁判官のなかから地方裁判所によって指定され、労働審判員は労働関係に関する専門的な知識経験を有する者のなかから最高裁判所によって任命される。後者は、実際には、労働組合と使用者団体の推薦に基づき任命されるが、労使の利益代表としてではなく、あくまで中立公正な労働関係の専門家として審理に参加する。また、労働審判委員会の決議について労働審判員は労働審判官と平等の評決権をもち、その決議は過半数の意見による。
労働審判手続は、管轄する地方裁判所に対する当事者からの書面による申立てにより開始され、迅速な解決を図ることが目的であることから、原則として3回以内の審理(これを期日という)で労働審判が出される。労働審判は、審理の結果認められる当事者の権利関係や審理の手続の経過を踏まえて行われることになっており、これにより労働関係の実情に応じた柔軟な解決が可能である。また、当事者の納得を得ることが実効的な解決につながるため、労働審判手続のどの期日でも、つねに調停の成立を追求できることになっている。なお、審理は原則、非公開である。
労働審判が出された場合、当事者は、その告知から2週間以内に異議の申立てをすることができ、この申立てにより、労働審判は失効する。この場合、労働審判の申立てがあったときに通常の民事裁判の訴えが提起されたものとみなされ、通常の訴訟に移行する。反対に、異議の申立てがない場合、労働審判は裁判上の和解と同一の効力(確定判決と同一の効力)が認められる。
本制度は、調停を組み込んだ点に特徴があるが、それによる解決に至らない場合には、結局、裁判に移行するので、解雇の場合に、解決金による解決を受け入れず、あくまで解雇撤回を求めるような事件では、解決方法としてなじまない。また、雇用上の差別問題など3回の期日で決着をみないような困難な労働紛争は労働審判の対象から外されるといった問題があり、審判手続の経験の蓄積と判断基準の明確化が課題である。
[吉田美喜夫]
『菅野和夫・山川隆一・齋藤友嘉・定塚誠・男澤聡子著『労働審判制度――基本趣旨と法令解説』(2005・弘文堂)』▽『清田冨士夫編著『詳解 労働審判法――逐条解説と審判書式の作成方法』(2007・ぎょうせい)』