労働者が使用者との間で賃金その他の労働条件について合意して労働力の提供を約束する契約。資本主義法の基礎法ともいうべき民法においては、労働力の売買について、対等な当事者間において自由な意思に基づいて労務と報酬との交換を約束する雇用契約について定めている。すなわち民法第623条は、「雇用は、当事者の一方が相手方に対して労働に従事することを約し、相手方がこれに対してその報酬を与えることを約することによって、その効力を生ずる」と定めており、雇用契約を対価的な交換関係ととらえている。ところが資本主義社会においては、労働者の多くは、自己の労働力を売って生計をたてること以外には生きることができない立場に置かれており、必然的に使用者との関係においては劣位あるいは弱い立場にたたされている。しかし労働力の売買を対価的な交換関係としてとらえる民法上の雇用契約においては、使用者に従属する労働者は使用者の恣意(しい)のままに劣悪な労働条件のもとで労働することを事実上強制されることになりかねない。
そこで、労働者が使用者と対等の立場で労働力と賃金等を交換し、あるいは契約締結の際に最低基準の労働条件を確保するために、各国において労働者保護立法が制定されるようになった。こうして成立してきた一連の労働立法を総称して労働法とよんでいるが、労働法では雇用契約にかわり労働契約という概念が用いられる。そして、労働法に含まれる労働基準法は、同法の基準に達しない労働契約の部分は無効であると定め(13条)、民法上の雇用契約という自由な契約が法的に制約されることになった。さらに労働基準法第93条を継承した労働契約法第12条では、「就業規則で定める基準に達しない労働条件を定める労働契約は、その部分については、無効とする」と定めて、就業規則によっても労働契約について労働条件の基準を確保している。さらに労働契約は保護立法や就業規則による制約を受けるだけではなく、労働組合法第16条に「労働協約に定める労働条件その他の労働者の待遇に関する基準に違反する労働契約の部分は、無効とする」と定めてあるとおり、労使間で締結する労働協約によっても労働契約は労働条件の基準について制約を受けている。
このように労働契約は、雇用契約と違ってさまざまな法律上の制約を受け、労働条件の法定基準を確保している。また労働基準法は労働契約に関して、契約期間の上限を原則として3年とすること(14条)、契約締結時の労働条件明示義務(15条)、賠償予定の禁止(16条)、前借金相殺の禁止(17条)、解雇制限・解雇予告(19条・20条)、退職時等の使用証明(22条)などを定めて、労働契約締結時における労働者保護のための規定を置いている。さらに、2007年(平成19)には、労働契約法が制定され(平成19年法律第128号)、解雇権や懲戒権を濫用した解雇(16条)や懲戒処分(15条)を無効とするなど、労働契約上の保護を拡大している。
[村下 博・吉田美喜夫]
国際私法においても、労働者には特別の保護が与えられている。「法の適用に関する通則法」(平成18年法律第78号)によれば、一般的な契約については、当事者による準拠法の選択が認められ、その選択がない場合には最密接関係地法によるとされているが(同法7条・8条)、労働契約については次のような特則が置かれている。すなわち、労働契約の成立および効力については使用者と労働者との間の労働契約において準拠法が選択されていても、労働者は自己の労働契約にもっとも密接な関係がある地の法がそれと異なる場合において、その法の特定の強行法規を適用すべき旨の意思を使用者に対して表示したときには、その強行法規が適用される(同法12条1項)。この労働契約の最密接関係地とは、労働契約上労務を提供すべき地であり、その労務提供地が特定できない場合にはその労働者が雇い入れられた事務所所在地の法と推定される(同法12条2項)。また、労働契約の準拠法が選択されていない場合には、労務提供地法が最密接関係地法であると推定される(同法12条3項)。たとえば、A国で働いている労働者は、使用者の本社のあるB国の法による労働契約で定められていても、A国法上の強行規定の適用を求めることができ、また、その労働者が国際線のパイロットのように労務供給地が特定できない場合には、雇い入れられた事務所の所在地がC国にあったとすれば、C国法上の強行規定の適用を求めることができる。なお、ここでいう強行規定とは、契約により変更ができない法律上の定めであり、日本法上は、労働契約法第17条の解雇制限規定や労働基準法の多くの規定が該当する。
他方、国際裁判管轄についても労働者保護を図る特別のルールが設けられている。もっとも、労働組合が関係する事件などでは事業主に対してかならずしも労働組合は弱者とはいえないため、国際裁判管轄についての労働者保護は、労働契約の存否その他の労働関係に関する事項について、個々の労働者と事業主との間に生じた民事に関する紛争(個別労働関係民事紛争)に関する訴えについて定めている。
民事訴訟法が定めている労働者保護のための特則は、(1)労働者から事業主に対する個別労働関係民事紛争に関する訴えについては、他の管轄原因がある場合に加えて、労働契約における労務提供地が日本にあれば国際裁判管轄を肯定し(同法3条の4第2項)、(2)逆に、事業主から労働者に対する訴えについては、労働者の住所が日本にない限り、認めないこととするとともに(同法3条の4第3項)、(3)合意管轄については、(a)紛争発生後の合意である場合(同法3条の7第6項柱書)、(b)労働契約終了時にされた合意により、その時点の労務提供地での提訴を可能とする非専属的管轄合意である場合(同法3条の7第6項1号)、または、(c)労働者が合意された国の裁判所に提訴したか、もしくは、事業者が提起した訴えについて管轄合意を援用した場合(同法3条の7第6項2号)、以上のいずれかの場合にのみ有効とする、以上のとおりである。
このうち、(3)(b)は、たとえば、日本企業の日本所在の研究所を労務提供地として働いていた外国人研究者が退職後に母国に帰り、その後、秘密保持義務違反に該当する行為をした場合に、当該日本企業は日本で訴えを提起できるようにすべきであるとの経済界の主張にこたえたものである。もっとも、労働者が最後の労務提供地国を出国した後にその国での提訴に応ずることは負担が大きいことから、労働契約終了時の管轄合意であって、その時点の労務提供地国を指定するものに限って、有効としている。実務上、国際的な消費者契約事件に比して、国際的な個別労働関係事件はこれまでも相当数あり、上記の特則が適用される機会は少なくないものと予想される。
なお、個別労働関係紛争に関する仲裁合意は無効とされている(仲裁法附則4条)。
[道垣内正人 2016年5月19日]
『日本労働法学会編『講座21世紀の労働法 第4巻 労働契約』(2000・有斐閣)』▽『土田道夫著『労働契約法』(2008・有斐閣)』▽『吉田美喜夫・名古道功・根本到編『労働法Ⅱ――個別的労働関係法』第2版(2013・法律文化社)』
労働者が使用者に対して労務を提供することを約し,使用者がこれに対してその対価として賃金,給与等と呼ばれる報酬の支払を約する契約をいう。しかるに,民法はこのような契約類型を雇傭(用)契約の名称をもって説明していることから,両者の内容をどのようにみるかということが問題となる。この点につき学説は,労働契約と雇用契約とを原理的に峻別してとらえる立場と,両者には契約類型としての本質的な差異はないとする立場とが対立している。前者によれば,雇用契約とは,契約当事者があくまでも独立,対等の立場に立ちつつ,その自由な意思に基づいて締結する債権債務契約である。他方,労働契約とは資本制取引社会の発展によって顕在化した労使間の実質的不平等のなかで労働者が従属的地位の下で労働に従事し,使用者がこれに対しその報酬としての賃金を支払うという契約であるとされる。この立場によれば労働契約の対象は従属労働であり,またそれは生存権理念をその原理的基礎として成立するものと説明される。これに対して後者によると,従属労働の意味を使用者の指揮命令に従った労務提供と解するかぎり,雇用契約における労働もなんらその例外ではなく,むしろ従属労働概念はあくまでも法外的な事実にすぎないものとして労働契約と雇用契約とを区別する必要はないと説かれる。しかし,労働契約の対象ないし原理をどのように理解するにしても,それが近代法秩序の下での契約である以上は,その具体的内容については基本的には労使間の自由な取決めによるべきものであることはいうまでもない。
しかしながら,今日ではその内容もおもに経済的弱者たる労働者保護の見地から労働基準法等の法令あるいは労働協約,さらには就業規則などによって規制され,その意味で労働契約の締結にあっては,いわゆる契約自由の原則は大幅に修正ないし変更されるに至っている。
→労働協約
執筆者:奥山 明良
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…まれには団体協約ともいう。
[労働協約と労働契約]
労働協約も労働契約もともに両当事者の合意に基づいて成立する契約であるが,次のような相違がある。すなわち労働協約は労働組合という団体自体と使用者または使用者団体とを当事者(主体)として締結されるものであり,労働契約は個々の労働者と個々の使用者とを当事者として締結されるものである点において両者は区別される。…
※「労働契約」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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