家庭医学館 「化学兵器による中毒」の解説
かがくへいきによるちゅうどく【化学兵器による中毒】
化学兵器は、貧者の核兵器ともいわれ、毒性の強い物質を兵器に応用したものです。現在、化学兵器禁止条約では、サリン、ソマン、タブン、VX、硫黄(いおう)マスタード、窒素(ちっそ)マスタード、ルイサイト、サキシトキシン、リシン、BZ、アミトン、PFIB(パーフルオロイソブチレン)、ホスゲン、塩化(えんか)シアン、青酸(せいさん)、クロロピクリンの16種類の物質を化学兵器として国際的な査察の対象としています。
●神経剤(しんけいざい)
神経を障害して戦闘力を奪う物質で、サリン、ソマン、タブン、VX、アミトンがあります。いずれも、農薬(殺虫剤)や医薬品の原料として使われる有機リン剤(「有機リン中毒/カーバメイト中毒」)です。揮発性(きはつせい)が高く、皮膚への付着や吸入することで中毒をおこします。
1995年3月の「地下鉄サリン事件」では、中毒者約5500人、死者12人の犠牲者をだしたことは忘れられません。
アトロピン(眼底検査の前に、瞳孔(どうこう)を広げるために点眼する薬)、プラリドキシム(PAM)などの薬が治療に用いられます。
救助者や医療者への二次災害もおこるため、汚染された衣服をただちに処分し、からだを洗う必要があります。
●びらん剤
皮膚や粘膜(ねんまく)をただれさせる物質で、硫黄マスタード、窒素マスタード、ルイサイトがあります。症状は、ただれのほかに、血球の減少、中枢神経(ちゅうすうしんけい)障害などをもたらします。発がん作用、催奇形作用(さいきけいさよう)、変異原性(へんいげんせい)作用もあるといわれています。
マスタードは、からし臭がするのでこの名があります。第一次世界大戦中、ベルギー西部のイープル戦線でドイツ軍が初めて使用したのでイペリットガスともいいます。
●リシン
リシンは、ヒマシ油を採った後の絞りかすに入っていて、絞りかすは肥料として利用されます。植物毒素の1つで、ソマン、VXに匹敵する毒性があり、腎臓(じんぞう)、肝臓、脾臓(ひぞう)を障害し、最後は敗血症性(はいけつしょうせい)ショックにおちいります。
●サキシトキシン
まひ性貝毒(「貝毒による中毒」)の一種で、人工的に大量生産され、化学兵器に転用されたものです。
●BZ(3‐キヌクリジニルベンジラート)
副交感神経遮断薬の1つで、中枢神経を障害し、幻覚作用もあります。
●ホスゲン
第一次大戦で、ドイツ軍が初めて使用した毒ガスで、肺水腫(はいすいしゅ)などをおこさせ、窒息(ちっそく)させます。染料、ポリウレタン製品、ポリカーボネート樹脂の原料として使われるので、これらの工場で中毒事故がおこることがあります。
●PFIB(パーフルオロイソブチレン)
フッ素樹脂が加熱されて発生します。防水スプレーの微粉が熱源に触れても発生します。毒性は、サリンに匹敵します。
●青酸、塩化シアン
青酸(シアン化水素)は、ナチスの強制収容所で使われた毒ガスです。塩化シアンも同じ仲間です。酸素を運ぶ血液のはたらきを阻害し、窒息させます(シアン中毒(「シアン中毒」))。
●クロロピクリン
第一次大戦で使われた毒ガスで、肺水腫などを誘発して生命に危険がおよびます。目の刺激作用もあって、催涙(さいるい)ガスとして使用されたこともあります。現在では、土壌の燻蒸(くんじょう)や穀類の殺虫剤として使用されていて、関係者に中毒事故がおこることがあります。