生命の維持に必要な酸素が、なんらかの原因で生体に欠乏する状態をいい、この結果、死亡すると窒息死とよぶ。英語でasphyxiaと書き、その語源はギリシア語の欠性辞aと、動悸(どうき)を打つの意のsphyzoからなる。窒息は肺(外)呼吸の換気側障害、または組織(内)呼吸の血流側障害に起因するが、法医学的には、空気呼吸の機械的阻害(鼻口部や頸(けい)部、または胸郭の外部からの圧迫、異物嵌入(かんにゅう)や液体浸入による気道の閉塞(へいそく)・狭窄(きょうさく)など)に基づく換気不全(肺呼吸障害)をいう。いわゆる「首をつって、あるいは絞められて」といった、外部からの圧迫が頸部に加わった縊首(いしゅ)や絞首は社会的によく知られた窒息であり、とくに縊首は最近の自殺の過半数を占める。溺死(できし)、異物(餅(もち)、義歯、玩具(がんぐ)など)による気道閉塞・狭窄、冷蔵庫などの密閉器内閉じ込め、ビニル袋を用いたシンナー遊び中の急死も窒息であり、気管支肺炎や喘息(ぜんそく)の急激な悪化、あるいは気道周囲の腫瘍(しゅよう)による臨床的な呼吸不全も窒息に相当する。これらの窒息は、低酸素血症、高炭酸ガス血症を合併し、その相互作用で、初期には努力性呼吸(呼吸困難)、ついでけいれんを発現して、その後、仮死状態から不可逆性に呼吸が停止する。心臓は呼吸停止後も15分前後拍動する。死の転帰をとる動脈血酸素と炭酸ガス(二酸化炭素)分圧の危険値は約25と80(通常、健康成人では動脈血酸素分圧95前後、炭酸ガス分圧37前後)であり、この危険値前(仮死期前)ならば蘇生(そせい)が可能である。組織レベルでの窒息の応答には、臓器による特異性がみられ、脳は他臓器よりも酸素利用能の低下、嫌気的代謝過程への移行が速い。絞首や気道閉塞などの急性窒息(致死時間15分以内)では窒息の病態生理学的経過が顕著であるが、徐々に窒息に陥る慢性ないし遷延性窒息では、生体の順応で窒息の病態生理学的経過は緩行する。窒息死体では暗赤色流動性血液、内臓(とくに肺)のうっ血、粘・漿(しょう)膜下の微小出血点(溢血(いっけつ)点)をみる。
[澤口彰子]
呼吸が障害されて生じる状態である。呼吸は,肺におけるガス交換である外呼吸と,組織における内呼吸に分けられるが,一般に窒息といえば外呼吸の障害による場合をいう。これには,手などによる鼻口閉塞や,縊頸(いけい)・絞頸・扼頸(やくけい)などの頸部圧迫による気道閉塞,水や血液などの液体および固形物の吸引による気道閉塞,砂・雪・重量物による胸腹部圧迫によって生じる呼吸運動障害,外傷や病気で生じた気胸・血胸などによる肺運動障害,呼吸空気の酸素欠乏などがある。窒息の経過は無症状期が約1分,呼吸困難・痙攣(けいれん)期が約2分,呼吸停止期が約1分,終末呼吸期が約1分続いて呼吸が停止し,しばらくして心臓も停止するという。窒息による死亡死体には,溢血点(いつけつてん)が眼瞼結膜などにあり,死斑は広範囲に著しく発現し,痙攣期に生じる大小便の失禁がみられ,血管内の血液は暗赤色流動性であり,内臓に鬱血(うつけつ)がみられることが多い。
執筆者:小嶋 亨
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