医療安全とリスク管理

内科学 第10版 「医療安全とリスク管理」の解説

医療安全とリスク管理(内科学総論)

 医学・医療の進歩により,完成度の高い治療法が確立され,がんなどの難病克服の可能性も大きくなっている.さらに,治療法が多様化して,その選択肢が広がり,患者の価値観を反映する場が多くなり,医療への評価が高まるとともに,その成果への期待が大きくなっている.しかし,医療の高度先進化は,そのプロセスを複雑化し,不確実性はむしろ高まっている.すなわち,医療は患者の生命と健康を守るべき使命を有しているが,一方で常に侵襲性を伴っており,医療現場では診療過程において,疾病病態が原因ではなく,医療行為によって障害が生じる場合がある.ときには患者の生命を直接脅かしたり,重篤な障害を生ぜしむという医療事故の可能性は,医療の高度化により一般的には低くなるものと期待されているが,その複雑化によりその危険性はむしろ高まっているといえる.
 このような医療事故(特に医療関係者の誤りに起因するものを医療過誤という)は,1999年に発生した手術時の患者のとり違い事件を契機に,メディアが注目するところとなり,社会的にも関心が急速に高まり,医療への信頼が大きく揺らぎ,医療安全の確保が大きな課題となった(図1-1-2).
 医療安全を確保するためには,医師を中心とした医療関係者が,個人として常に知識と技術の向上に努める努力は欠かせないが,医療の高度化と複雑化に対応するための医療現場全体での体系的なリスク管理への取り組みが必要である.医学教育にはじまり,卒後の臨床研修を通して,医療安全とリスク管理についての十分な知識と行動を修得することが,すべての医師に厳しく求められている.特に,医療を提供する「人」,医薬品や医療機器などの「物」,病院などの「組織」という要素と,組織を運営する「システム」の視点から,いかに医療安全を確保するか,リスク管理をどのようにすすめるか,それぞれの診療現場に即した実践から学ばなければならない.
 そもそも病院という組織は,医師,看護師薬剤師臨床検査技師,事務職といった資格などによって区分される職種と,診療科という部門によって縦と横に分断されていることから,本来コミュニケーションを取ることが難しい組織である.そこで,病院の職種や部門をこえて患者を中心とするチーム医療の徹底が医療安全の最大のポイントとなる.さらに,患者および家族と十分なコミュニケーションを日常的に維持していることも医療安全には欠かせない.そして,医療現場からヒヤリ・ハットの事例などの報告を収集し,現場でのリスクを把握して院内共通の認識にすること,さらに,マニュアルなどに事故対策を結実させることが求められる.[矢﨑義雄]

出典 内科学 第10版内科学 第10版について 情報

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