台座に腰掛け,左足だけ垂下するが右足は足先を左大腿部にのせて足を組み,折り曲げた右膝頭の上に右肘を突いて右手を軽く右頰にふれて思索する姿勢の像。座法のうちで一方の足先を他方の大腿部の上にのせて組む座り方を半跏趺坐(ふざ)というが,半跏思惟像の座り方は,下になる足を台の下へ踏み下げた形となる。この形式の像は,ガンダーラ地方の菩薩像の中に早くも表現されるが,中国では北魏時代の敦煌莫高窟(ばつこうくつ)第259窟,雲岡石窟第6洞などの菩薩像(彫像)に見られる。太和16年(492)の銘がある碑像では半跏思惟像が〈太子思惟像〉と記されており,この形式がシッダールタ太子思索の姿を意味するものとして用いられたことが知られる。やがて弥勒信仰が隆盛になるに従い弥勒菩薩の像となるに至るが,唐代以降は作例は少ない。韓国では国立中央博物館蔵金銅弥勒菩薩像をはじめ三国時代の作例が多数現存し,日本でも京都広隆寺の弥勒菩薩像,奈良中宮寺の弥勒菩薩像をはじめ,大阪野中寺の金銅弥勒像など,飛鳥・白鳳時代に多くの像が造られた。なお奈良岡寺の金銅小像ほか,如意輪観音像であるとの伝承をもつ半跏思惟像もある。またこの形式の像は密教像の中にはなく,非密教系の像形であると考えられている。
執筆者:関口 正之
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仏像の姿勢の一種。「はんかしゆいぞう」ともいう。腰を掛けた形の倚像(いぞう)の一つで、片脚を垂下し、もう一方の脚を垂下脚の膝(ひざ)の上にのせた姿を半跏座(普通の坐像(ざぞう)は結跏趺坐(けっかふざ))と称するが、さらに右手を頬(ほお)のあたりにあげ、思索する形をとっているのでこうよぶ。半跏像の多くは左脚を垂下しているが、右脚を垂下することもある。この姿は弥勒菩薩(みろくぼさつ)に多くみられ、また中国では悉達多(しっだるた)太子(釈尊の出家以前の時代)の思索する姿として六朝(りくちょう)時代(3~6世紀)から多くみられ、日本では、朝鮮の三国時代、とくに新羅(しらぎ)の仏像の影響で、飛鳥(あすか)時代から奈良時代(7、8世紀)にかけて、弥勒菩薩として制作された例が多い。京都・広隆寺の二体、奈良・中宮寺の本尊(以上国宝)、大阪・野中寺(やちゅうじ)の金銅弥勒菩薩像(重文)などはその例である。
[佐藤昭夫]
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…しかし通常は二臂像と六臂像である。如意輪観音は奈良時代より広く信仰され,多くの造像例を見るが,ことに半跏思惟(はんかしい)像をもって如意輪観音とする見方が古くより行われた。作例としては法隆寺像,広隆寺像等があり,図像としては四天王寺像がよく知られている。…
…
【定義】
仏教において主として礼拝の対象とされる彫刻や絵画による形像。一般的には彫像のみを指すことが多く,絵画によるものは仏画と呼んで区別する。仏画についてはその項を参照されたい。また仏陀の像のみを指す場合と,仏教の尊像すべてを総称して仏像と呼ぶ場合とがあり,前者を仏陀像,後者を仏教像として区別する必要がある。仏陀像は元来は仏教の開祖である釈迦仏に限られていたが,やがて過去仏や千仏の思想を生み,大乗仏教では阿弥陀,阿閦(あしゆく),薬師,毘盧遮那(びるしやな),大日(だいにち)などの仏陀(如来ともいう)が考え出された。…
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