原子爆弾症(読み)げんしばくだんしょう

改訂新版 世界大百科事典 「原子爆弾症」の意味・わかりやすい解説

原子爆弾症 (げんしばくだんしょう)

一般に広島,長崎に投下された原子爆弾に起因すると考えられる疾病のことで,原爆症と略称することが多い。原爆被災者実数を正確にとらえることは,第2次大戦終戦直前の混乱期であったことから難しいが,広島の原爆投下時(1945年8月6日)に市内にいた約42万人の市民のうち約15万9000人(約38%)が,4ヵ月後の1945年12月末までに死亡した。長崎には45年8月9日に投下されたが,その状況は広島よりもさらに不正確であり,約27万2000人が被爆し,約7万4000人(約27%)が早期に死亡したと考えられる。

 原爆被爆による急性障害は,被爆後4ヵ月(1945年12月上旬)までにいちおう終焉したとみなされ,さらに,この間の死亡者の80~90%は最初の2週間以内で,即日死亡者は70~80%である。これらの全死亡者の直接死因は,約60%が熱傷によるもの,約20%が爆風による外傷,約20%が急性放射線障害によるものとみなされるが,とくに爆心地から1.0km以内にいた人々は,熱傷,外傷,放射線障害が組み合わさって,80%以上の人が急性障害によって死亡している。

 原子爆弾被爆による障害が他の爆弾被爆と最も様相を異にするのは,放射線による障害が熱傷,外傷に組み合わさっている点にある。爆心地においては,広島では中性子線量約1万4000ラド(1ラド=0.01グレイ),γ線量約1万ラド,長崎では中性子線量約4000ラド,γ線量2万5000ラドの放射線被曝を受け,爆心地から1.0kmでは,広島で中性子線量192ラド,γ線量256ラド,長崎で中性子線量36ラド,γ線量889ラド,2.0kmの距離では,広島で中性子線量0.5ラド,γ線量1.9ラド,長崎で中性子線量0.1ラド,γ線量18ラドの被曝を受けたものと推定されている。ただし,この推定線量に関しては,最近,アメリカにおけるコンピューターによるシミュレーションの結果,広島で,中性子線量が従来の推定値より1/6以下で,γ線量は逆に1.5~4倍高いのではないかとの疑問が出され,現在,再検討が行われつつある。

 急性放射線障害の症状は,爆心地から1.0km以内にいた人々(被曝線量として300ラド以上)に著しく出現した。爆心地に近かった人,すなわち被曝線量の大きかった人は,被曝直後から全身脱力感,嘔吐,悪心などの症状が出現し,数日後から発熱,下痢,脱水症状を起こして死亡した。この場合の障害は数百ラド以上全身被曝による消化管粘膜の障害(腸管症候群)による〈腸死〉がその病因である。〈腸死〉を免れ,また被曝線量のやや少なかった人々も,被曝後4週を極期とする白血球減少,血小板減少に基づく感染,出血症状を示した。およそ被曝線量350ラド以上受けた人々(爆心地から1.0km以内)の約半数が,〈腸死〉や〈造血器障害死〉によって死亡している。

 このほか,目だった症状は,被曝後2~3週から出現した脱毛であり,また,爆心地から2.0km以内で被爆し,熱傷,外傷を受けた人々の瘢痕(はんこん)は,いったん治癒しても,約1~4ヵ月からケロイド症状を示すことが多かった。

 このような急性障害による症状が,ほぼ消失した1年後以降から,放射線被曝に基づく晩発性障害が,しだいに明らかとなってきた。

 今日では,原爆症はこの晩発性障害を主として指すことが多い。ABCC(現,放射線影響研究所)を主とする追跡研究の結果によると,原爆被爆者では悪性腫瘍の発症率が,被爆しなかった人々との間で,統計的に有意に増加している。とくに骨髄性白血病の年間発症率は,被爆後2年後からしだいに高くなり,5~8年後にはピークに達し,対照群の約10倍になっている。しかし,その後しだいに発症率は低下し,20年後以降は対照群との差がなくなりつつある。しかし,白血病でも,リンパ性白血病の誘発は少なく,慢性リンパ性白血病における有意の発症率増加は認められていない。白血病以外の悪性腫瘍としては,乳癌,肺癌,胃癌,甲状腺癌唾液腺腫瘍,骨髄腫などについて,被爆者に発症率の増加が認められ,とくに年少時に被爆した人々にその傾向が著明である。また,これらの悪性腫瘍は,白血病よりも遅れて被爆後13年目以降に発症率の増加がしだいに明らかとなっている。

 白内障も被爆との関係の明らかな疾病で,とくに40レム以上の放射線被曝を受けた人々(爆心地から1.6~1.8km以内)に高率に出現が認められている。そのほか,胎児期に被爆した人々にみられる小頭症および知能障害が,爆心地から1.2km以内,胎齢18週未満,ことに3~17週での被爆で認められている。また,乳・幼児期に100ラド以上の放射線被曝を受けた人は,身長,体重測定による発育,成長の障害が起こるという結果も明らかにされている。

 しかしながら実験動物による成績からは,推測される寿命の短縮(発癌を除いた)や老化現象の促進および遺伝的影響は,今日までの広島,長崎での疫学的成績からは明らかにされていない。
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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「原子爆弾症」の意味・わかりやすい解説

原子爆弾症
げんしばくだんしょう
atomic bomb disease

原子爆弾,水素爆弾,原子炉破損などで被爆した際に生じる疾患のこと。被爆時の各種因子の総和が影響する。すなわち,爆風や飛散物による影響,熱線によるやけど,紫外線の作用,X線,γ線,β線の影響,さらに中性子線によって体内にできるアイソトープの影響,放射性降下物の影響などである。被爆直後に起る急性症状と,相当の期間を経てから現れる慢性症状とがある。被爆後の全身反応としては,倦怠感,頭重,頭痛,めまい,悪心,嘔吐,食欲不振,下痢などで,白血球が減少し,1mm3中に 3000を割ると回復が困難になる。生殖腺や眼の水晶体にも障害が起る。被爆後,年月を経てから,白血病や癌になることが多い。

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日本大百科全書(ニッポニカ) 「原子爆弾症」の意味・わかりやすい解説

原子爆弾症
げんしばくだんしょう

原爆症

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世界大百科事典(旧版)内の原子爆弾症の言及

【奇形】より

…このような奇形を誘発する因子を催奇形性因子,物質を催奇形性物質と呼んでいる。これらのおもなものには,サリドマイドによるアザラシ肢症(薬剤ないし化学物質)や,原子爆弾症による小頭症(放射線),風疹による先天性心臓奇形(感染症)などがあげられる。さらに,遺伝的要因と環境要因の両者の相互作用によって形成されると考えられる奇形もある。…

※「原子爆弾症」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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