受精卵移植(読み)じゅせいらんいしょく(英語表記)ovum transplantation
transplantation of fertilized egg

改訂新版 世界大百科事典 「受精卵移植」の意味・わかりやすい解説

受精卵移植 (じゅせいらんいしょく)
ovum transplantation
transplantation of fertilized egg

家畜を人為的に繁殖させる一方法で,雌畜から受精卵を採取し,これを別の雌畜の子宮に移植し,その腹を借りて胎子を育て子畜を分娩(ぶんべん)させる技術をいう。人工妊娠artificial pregnancy,人工受胎,胚移植とも称している。19世紀末に,イギリスでウサギに試みて成功したのが最初であるが,家畜とくにウシについては1951年に成功した。家畜改良は,優良な遺伝形質をもつ雌雄交配,優良形質をもつ雄の精子人工授精による広い範囲への分配によって,子畜の能力をしだいに高めてきた。しかし,雌畜の優良な遺伝形質の分配には限度がある。すなわち,雌畜が一生に分娩する子畜の数は限られており,とくに単胎であるウシやウマでは10頭程度の子を残すのみである。ところが,雌子畜の卵巣には数万個以上の原始卵胞があるが,その中で発育して排卵されるものはごくわずかで,大多数の卵胞はいかに優良な形質をもっていても退行してしまい,結局日の目を見ないことになる。そこで,この優良な形質をもつ多数の卵胞を成熟,排卵させて,優良な形質をもつ雄畜の精子によって受精させ,その受精卵を採取して(この雌畜をドナーdonor,供給者または供卵者と称する),優良でない雌畜の子宮に入れて(この雌畜をレシピエントrecipient,受容者または受卵者と称する),分娩させれば,好ましくない雌畜の腹を借りて,優良な子畜を生産できるので,家畜改良が一層促進されることになる。

(1)多排卵誘起処理 優良な遺伝形質をもつ受精卵を多く得るために,ドナーにホルモン処理を施し,卵胞を発育,排卵させて人工授精を行う。(2)受精卵採取 採取するには,ドナーを屠殺(とさつ)する,開腹して卵管や子宮を灌流する,子宮のみを洗浄するの3方法がある。屠殺は確実に回収できるが,反復して採取ができなくなるので好ましくない。開腹は受精卵の下降に合わせて,排卵3日目では卵管のみ,4日目以降は卵管と子宮の両方をそれぞれ灌流する。卵管を灌流する方向も,子宮側から液を送り卵巣側で採取する方法と,その逆に液を流す方法とがある。灌流液には,生理的食塩水,リンゲル液または組織培養液にドナーと同種血清を等量混ぜたものが用いられる。回収率は卵管で70%,子宮で60%である。次に,子宮洗浄法は,ドナーを傷つけないで子宮を非外科的に洗浄するので,最も優れている。子宮のみの洗浄になるので,受精卵が確実に下降した排卵後5~6日目以降に実施する。ウシの場合,日本ではほとんどこの方法を用いる。特殊な洗浄排卵器具も考案されており,40~50%の回収率である。(3)受精卵の保存およびレシピエントの発情調整 受精卵を採取しても,レシピエントの子宮が着床,妊娠に適した生理状態になければ,せっかく移植しても受胎しない。そこで,レシピエントが受胎できるような性周期になるまで受精卵を保存するか,レシピエントの性周期を着床できる状態に人為的に変えるかのどちらかが必要となる。受精卵は,冷蔵しても2日以上になると受胎能力を失ってくる。したがって,長期保存には凍結が行われる。1971年にマウス受精卵の凍結に成功して以来,実験小動物を初め家畜の受精卵も液体窒素(-196℃)による凍結保存が行われており,イギリスではウシの凍結受精卵を販売するまでになっている。耐凍剤はDMSOジメチルスルホキシド)を使用し,受精卵は桑実胚以上に発達しているものが対象である。次に受精卵を保存しない場合,または複数のレシピエントに対し同時に計画出産させる場合には,ホルモンまたはプロスタグランジンを注射して発情調整を行い受胎できる生理状態にする。(4)受精卵移植 中小家畜ではレシピエントを開腹して,受精卵の発達が進んでいない場合は卵管へ,発育している場合には子宮へ,少量の浮遊液とともに移植する。ウシでも開腹が行われているが,特殊な施設や人手がかかり,また,手術後に癒着が起こるなどの欠点もあるので,現在では非手術的な方法が実施されている。それには人工授精用のストロー式注入器を応用し,子宮頸管を通過して子宮内に移植する方法と,子宮頸管を通さずに,腟の奥から直接子宮へ針を刺し,子宮腔を探して移植する子宮頸管迂回法がある(子宮頸管を刺激すると子宮運動が誘発されて,せっかく移植した受精卵を排出してしまうことがある)。後者は日本で開発された方法で,器具も考案されている(図)。

ウシの発育した受精卵の栄養細胞の小片を切り取って染色体検査を行い,性別判定後にレシピエントに移植して子ウシを得た実験例があるが,性別判定済みの受精卵を移植できる日も近いものと思われる。ウシの雌雄双子の雌はフリーマーチンと称してほとんどが不妊となるが,性別判定済みであれば単性の双子の計画出産も可能になる。
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出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報

知恵蔵 「受精卵移植」の解説

受精卵移植

受精卵を代理母に移植すること。畜産の分野では、胚移植と同義語。受精卵が卵割(細胞分裂)を開始した初期の段階を胚という。ウシなどの優秀な雌に、ホルモン処置を行い過剰排卵を起こさせ、人工授精によって多数の受精卵を得て、これらを代理母となる雌に移植し、子を得る。類似する手法に、体外受精があり、これは優秀な雌の卵巣から未受精卵を取り出し、試験管内で成熟させた後、精子と受精させ、代理母に移植する。これらの手法により1頭の母親から、多数の子が得られる。

(川口啓明 科学ジャーナリスト / 菊地昌子 科学ジャーナリスト / 2007年)

出典 (株)朝日新聞出版発行「知恵蔵」知恵蔵について 情報

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