日本大百科全書(ニッポニカ) の解説
古代アレクサンドリア図書館
こだいあれくさんどりあとしょかん
紀元前4世紀末から約300年にわたってエジプトを支配したプトレマイオス朝の首都アレクサンドリアにあった図書館。地中海に面した都市アレクサンドリアは、マケドニアのアレクサンドロス大王の東征の過程で建設され、ヘレニズム時代にはその後継者の一人プトレマイオスが建国したプトレマイオス朝の首都としてだけではなく、広く地中海世界の経済的・文化的な中心市として繁栄していた。図書館建設の経緯は明らかではないが、アリストテレスの高弟テオフラストスに師事した哲学者、ファレロンのデメトリオスの助言により、プトレマイオス1世の時代に礎(いしずえ)が据えられたと考えられている。
プトレマイオス朝は2世フィラデルフォスPhiladelphos(在位前285~前246)から3世エウエルゲテスEuergetes(在位前246~前221)の時代に絶頂期を迎えるが、その国力を背景としてアレクサンドリア図書館の蔵書数も増大し、最終的には数十万巻にも及ぶパピルスが収集されることになった。その結果、多くの重要な古代ギリシアの文学作品がここに集められて校訂され、今日にまで伝わることとなったのである。その過程では、聖書のヘブライ語からギリシア語への翻訳のように文化史的に注目すべきできごともあった。この時代のアレクサンドリアの宮廷には、当代随一の学者たちが集められてムセイオンMuseionという施設で共同生活を送っていたが、彼らの知的活動を支えたのもこの図書館の蔵書であった。
図書館の活動は、当時を代表する知性である歴代の図書館長によって担われていた。初代館長とされるゼノドトスはホメロスの叙事詩『イリアス』と『オデュッセイア』のテクストを批判的に検討し、それぞれを現行の24巻に校訂した。その後継者であるロドスのアポロニオスは、プトレマイオス3世の家庭教師であると同時に叙事詩『アルゴナウティカ』の作者として知られている。さらにその後任のエラトステネスは、地球の全周を算出したことで名高い。
古代アレクサンドリア図書館の最期については、プルタルコスがカエサルのアレクサンドリア戦役(前48)に際して起こったアレクサンドリア大火で図書館が焼失したと伝え、ローマ帝政初期にアレクサンドリアを訪れた地誌学者のストラボンが図書館に言及していないことも、この証言の正しさを裏づけている。一部の蔵書は後世に伝えられたものの、アレクサンドリア図書館はこのときに歴史的使命を終えたのであろう。
[周藤芳幸]
『デレク・フラワー著、柴田和雄訳『知識の灯台――古代アレクサンドリア図書館の物語』(2003・柏書房)』▽『モスタファ・エル・アバディ著、松本慎二訳『古代アレクサンドリア図書館――よみがえる知の宝庫』(中公新書)』