日本歴史地名大系 「古坊中」の解説
古坊中
ふるぼうちゆう
阿蘇山
古坊中の滅亡の具体的な原因を明らかにする資料はないが、おそらく火山活動の活発化による山上堂宇の荒廃と、天正一五年(一五八七)の豊臣秀吉の九州出兵が惹起した政治的混乱によって衰退したとみられる。慶長四年(一五九九)加藤清正は山麓の
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
阿蘇山
古坊中の滅亡の具体的な原因を明らかにする資料はないが、おそらく火山活動の活発化による山上堂宇の荒廃と、天正一五年(一五八七)の豊臣秀吉の九州出兵が惹起した政治的混乱によって衰退したとみられる。慶長四年(一五九九)加藤清正は山麓の
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…御池の神である健磐竜(たけいわたつ)命を主祭神とする阿蘇神社には3月に火振神事があり,また末社の霜神社では火焚の神事が8月19日から10月16日までの約60日間行われるなど,火の山にふさわしい行事を伝えている。阿蘇山には阿蘇神社が一の宮におかれたほか,山上古坊中(ふるぼうちゆう)には西巌殿寺を中心として37坊の寺院群が存在し,大宮司職で古代国造の系譜を負う阿蘇氏の保護と規制のもとに一山が運営されてきた。しかし,天正年間(1573‐92)に大友・島津両氏の確執により山上古坊中は離散し,改めて1600年(慶長5)加藤清正によって山麓部に再興された。…
…この社殿を下宮と称し,《延喜式》の肥後国式内社の4座のうち,大神1座,小神2座までが阿蘇社の祭神で占められている。従来の火口は上宮とされて,後には天台系の最栄読師(とくし)にはじまる僧侶たちの寺坊が発生し(古坊中(ふるぼうちゆう)),祈禱・練行が行われるようになった。社殿は宮地四面8丁四方の神域の中に,1335年(建武2)の絵図では,左の健磐竜命の一宮と,右の阿蘇比咩(あそひめ)神の二宮の両本殿を中心に,三・五・九神合祀の社殿が一宮の左方に,四・六・八・十神合祀の社殿が二宮の右方に並び,十一神と十二神はその両端にカギ形に向き合って正面楼門に続く回廊とつながっている。…
※「古坊中」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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