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台湾銀行 たいわんぎんこう

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

台湾銀行
たいわんぎんこう

日清戦争の結果,日本が領有することになった台湾の資源開発を目的として制定された台湾銀行法 (1897) に基づいて 1899年に設立された半官半民の銀行。普通銀行業務を行う一方,台湾の中央銀行として台湾銀行券を発行した。

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デジタル大辞泉の解説

たいわん‐ぎんこう〔‐ギンカウ〕【台湾銀行】

日本統治下の台湾における中央銀行。明治32年(1899)設立され、第二次大戦後に閉鎖。

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百科事典マイペディアの解説

台湾銀行【たいわんぎんこう】

日本統治下の台湾の中央銀行。1899年設立。銀行券発行のほか一般銀行業務も行い,台湾産業の開発・支配,日本資本の南方進出を助成。第1次大戦以後,内地金融や対華借款にも乗り出した。
→関連項目杉山茂丸台湾総督府帝人事件平沼騏一郎

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世界大百科事典 第2版の解説

たいわんぎんこう【台湾銀行】

日本の植民地金融機関の一つ。1897年公布の台湾銀行法により,99年9月に開業した(本店,台北。資本金500万円)。同行は単なる中央発券銀行にとどまらず,広範な業務を兼営し,台湾金融界で独占的地位を築いた。設立直後に同行がまず手がけたのは紙幣の統一であった。紙幣ははじめは銀兌換(だかん)券であったが,1904年7月には金兌換券に切り換えた。また,台湾の特産物である砂糖や茶に対する為替取組みを積極的に行った。

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大辞林 第三版の解説

たいわんぎんこう【台湾銀行】

日本統治下の台湾の中央発券銀行。1899年(明治32)開業。日本の台湾支配、中国・東南アジアへの資本輸出に重要な役割を果たした。1945年(昭和20)占領軍により閉鎖。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

台湾銀行
たいわんぎんこう

日清(にっしん)戦争後日本の台湾領有、植民地化に伴い1897年(明治30)公布の台湾銀行法に基づいて99年に設立された特殊銀行。設立時の資本金500万円、うち100万円は政府が出資。銀行券発行、国庫金取扱いなどの特権を付与され、植民地台湾の中央銀行としての役割を果たすとともに、預貸金、外国為替(かわせ)、動産・不動産金融など普通銀行業務もあわせ行った。設立当初は、領有前以来の幣制混乱を整理して金本位の日本通貨体制へと導き、また島内の開発金融にあたっても大いに業績をあげた。第一次世界大戦後より内地および海外での活動を進展させ、なかんずく中国南部、南洋諸島などに支店を設置、日華合弁事業、対華借款など日本の帝国主義政策に対応した。他方、内地での業績も第一次世界大戦時の好況で大いに拡大、普通銀行化の傾向を強めたが、1920年(大正9)戦後恐慌を契機に現れた鈴木商店など大口貸出先の経営悪化と、コール資金取入れによる資金調達の無理が27年(昭和2)の金融恐慌時に暴露され、行き詰まった。1930年代なかばに経営再建がなり、第二次世界大戦中は中国南部、東南アジアなどの日本占領地で活躍したが、戦後1945年にGHQ(連合国最高司令部)の指令によって閉鎖された。[岡田和喜]
『台湾銀行史編纂室編・刊『台湾銀行史』(1964) ▽大蔵省編『明治大正財政史 第16巻』(1938・財政経済学会)』

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世界大百科事典内の台湾銀行の言及

【銀行】より

…また1900年4月北海道拓殖銀行が北海道の開発金融機関として発足し,02年4月には日本興業銀行が長期工業金融を目的として開業した。そのほか植民地銀行として,1899年9月台湾銀行が開業し,09年10月韓国銀行(1911年8月朝鮮銀行に改称)が設立された。 第1次大戦の好況期に普通銀行は資金の充実を図り,大規模となった。…

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