功徳天(くどくてん)ともいい,〈きちじょうてん〉とも読む。インド古代神話ではラクシュミーLakṣmī(シュリーŚrī)といわれ,美,幸運,富の女神である。ラクシュミーはビシュヌ神の妃で愛の神カーマの母とされる。この世にさまざまな姿をとって現れる(権化,アバターラ)というビシュヌの神話が形成される過程で,多くの要素を統合しながらその妻として確立されたと思われる。したがって起源についても多くの説があるほか,蓮華,象など多様な事物とも関連づけられている。これが仏教にもとり入れられ,福徳を司る女神吉祥天として《金光明経》などに説かれ,少なからず信仰をあつめた。密教では毘沙門天の左脇侍として作られる。その形像は,二臂(にひ)像で冠,瓔珞(ようらく),臂釧(ひせん)を身につけることは諸経が一致するが,両手の持ち物や印相については諸説がある。現存作品は彫像が多く,左手の掌に如意宝珠をのせ右手を施無畏印にする立像が一般的である。奈良薬師寺の画像(奈良時代,国宝)は現存の吉祥天像の中でも特異な表現を見せ,右手は施無畏印にはせず掌を伏せて胸前に置くように見える。しかも,画面の右方に歩く姿を斜め横からの視点で表現しており,礼拝の本尊像の通例である正面向きの像とはせず,絵画表現の特性を活用している。一方,京都府浄瑠璃寺像(鎌倉時代,重要文化財)は諸経の記述どおりの典型的な作品である。幸福の女神であるために,両像ともそれぞれの時代の女性の理想像を反映させて表現されている。
執筆者:関口 正之
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仏教の福徳の女神。「きっしょうてん」とも読む。サンスクリット語シュリーマハーデービーŚrīmahādevīの訳。功徳天(くどくてん)ともいう。ヒンドゥー教のラクシュミーLakmī(別名シュリーŚrī。吉祥の意)が仏教に取り入れられたもので、ヒンドゥー神話においてはビシュヌ神の妃(きさき)であり、「大海から生まれたもの」の異名をもち、愛欲神カーマの母である。キューピッドを息子にもつ美の女神ビーナスに似る点で、ギリシア・ローマ神話との交渉が考えられる。仏教ではバールフトやサーンチーにその美術的表現が現れる。女神は蓮華(れんげ)の上にいて、片手に何物かを持ち、左右のゾウ(象)の降り注ぐ水を頭に受けている。このモチーフは、諸神の乳海攪拌(かくはん)によって彼女が出現したとき、天のゾウが浄水を金瓶(きんびょう)にくんで彼女に浴びせたというヒンドゥー神話に対応する。仏教では毘沙門天(びしゃもんてん)の妃とされる。日本では古代に、彼女を本尊として福徳を祈願する吉祥天女法(てんにょほう)(吉祥悔過(けか)法)が大極殿(だいごくでん)や国分寺で行われたが、後世には、彼女への信仰は庶民的な福徳の神、弁才天の人気の陰に隠れたようである。薬師寺の画像や浄瑠璃寺(じょうるりじ)の彫像が有名で、左手に如意宝珠(にょいほうじゅ)をのせている。
[定方 晟]
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…したがって起源についても多くの説があるほか,蓮華,象など多様な事物とも関連づけられている。これが仏教にもとり入れられ,福徳を司る女神吉祥天として《金光明経》などに説かれ,少なからず信仰をあつめた。密教では毘沙門天の左脇侍として作られる。…
…この派の神学はベーダーンタ派の哲学に基礎づけられることが多く,その神学別に,さらにマドバ派,ビシュヌスバーミン派,ニンバールカ派,バッラバ派,チャイタニヤ派などの支派が分岐した。(2)パンチャラートラ派 バーガバタ派がバラモン教的な色彩を濃くもつのに対して,この派はタントラ的(タントラ)なビシュヌ教を説き,ナーラーヤナNārāyaṇaとしてのビシュヌ,およびその神妃であるラクシュミーLakṣmī(吉祥天)を崇拝する。成立の過程はあまり明らかにされていないが,この派の聖典(108典あると伝えられる)は7世紀ころから作成されるようになったと考えられている。…
※「吉祥天」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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