吐【か】喇列島(読み)とかられっとう

百科事典マイペディアの解説

吐【か】喇列島【とかられっとう】

薩南(さつなん)諸島のうちで,南北約180kmにおよぶ。鹿児島県鹿児島郡十島(としま)村をなし,面積101.35km2。人口673人(2005)。屋久島奄美大島の間,七島灘(しちとうなだ)とよばれる海域にほぼ2列に島が点在する。東側の口之島中之島・諏訪之瀬(すわのせ)島・悪石(あくせき)島の4島は新期造山帯,西側の臥蛇(がじゃ)島・小臥蛇(こがじゃ)島・平(たいら)島・小(こ)島・小宝(こだから)島・宝島・上ノ根(かみのね)島・横当(よこあて)島は旧期造山帯に属する。最大の島は面積34.47km2の中之島。全島が新旧の火山島であるが,現在も噴火活動を続けているのは諏訪之瀬島と中之島のみ。隆起サンゴ礁に縁どられる小宝島・宝島を除き,いずれの島も周囲を急崖(きゅうがい)に囲まれ,平地は極めて少ない。周辺海域を黒潮が流れるため,気候は温暖で亜熱帯性植物におおわれる。トカラ列島県立自然公園に指定されている。 考古遺跡から先史時代より南北の文化交流があったことが知られる。中世は薩摩国河辺(川辺)郡十二(じゅうに)島のうち七島に属した。近世も川辺郡のうち七島として一くくりにされ,鹿児島藩から在番が派遣され,異国船番所などが設置された。住民はおもに漁業と交易に従事。1897年大島郡に編入され,1908年に三島(口之三島)とともに十島(じっとう)村となる。1946年1月,北緯30゜以南(口之島以南)の諸島は日本の行政管轄権から分離されることになり,3月に吐【か】喇列島も米軍軍政下に入った。1951年12月,GHQは北緯29゜〜30゜の管轄権を日本に返還,吐【か】喇列島は日本に復帰した。1973年鹿児島郡に編入。鹿児島港から村営定期船が各島に通じる。
→関連項目鹿児島[県]川辺十島口之島シチトウイ中之島南西諸島

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