中国の聯句と日本の連歌が結合してできた文芸形態。発句が和句に始まるものを和漢聯句、漢句に始まるものを漢和聯句と区別していうこともあり、連歌が俳諧(はいかい)に変わった和漢俳諧をも含めていう。聯句は平安末期から鎌倉中期にかけて盛んに行われ、連歌と結び付いて和漢聯句が生じた。『菟玖波(つくば)集』にその作品がみられ、南北朝・室町時代に五山の詩僧と公家(くげ)、連歌師の一座しての興行が盛んになる。一条兼良(かねら)の『和漢篇(へん)』、一条冬良の『漢和新式』などの式目もつくられ、俳諧の式目のよりどころとなる。
[島津忠夫]
『『聯句と連歌』(『能勢朝次著作集7』所収・1982・思文閣出版)』
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