改訂新版 世界大百科事典 「善き羊飼い」の意味・わかりやすい解説
善き羊飼い (よきひつじかい)
Good Shepherd
イエス・キリストの象徴的な呼称および図像。〈善き牧者〉ともいう。旧約聖書では,ヤハウェや王が〈牧者〉に,ユダヤの民が〈羊の群れ〉にたとえられる(《エレミヤ書》《エゼキエル書》《詩篇》など)。新約聖書では,キリストは〈私は善き羊飼いである〉(《ヨハネによる福音書》10:1~18)と語った。ここから,キリスト教会では信徒が〈神の羊の群れ〉に,聖職者が〈牧者〉に,またキリストが〈大牧者〉(《ペテロの第1の手紙》5:3~4)にたとえられる。
初期キリスト教美術では,キリストは早くから若い羊飼いの姿で表された。もともと地中海沿岸では古代以来,羊飼いは徳行の擬人像や理想的田園風景の一要素として広く表されたが,これが3世紀ころからキリスト教美術の主題になったと考えられる。ローマ,サンタ・マリア・アンティーカの石棺(270ころ)には,〈ヨナ〉や〈キリスト洗礼〉などと並んで,1頭の羊を肩にかつぎ,2頭を足もとに連れた羊飼いの姿が浮彫されている。またラベンナ,ガラ・プラキディアの廟墓のモザイク(425-450)では,光輪をもち,黄金の衣をまとい,十字架を手にした当時の皇帝の姿の羊飼いが羊に囲まれて岩山の風景の中に座している。また《ブレシアのリプサノテカ(聖遺物箱)》(4世紀後半)には,〈羊の門〉(《ヨハネによる福音書》)を表す,門に立ち狼を追い払う羊飼い像が見られる。初期キリスト教時代をすぎると,キリストの象徴的表現としてのこのような羊飼い像はあまり描かれなくなる。一方,迷える(小)羊lost sheep,stray sheepを連れ帰る羊飼い(《ルカによる福音書》15:3~7)など新約聖書のたとえ話の場面が,中世を通して写本画などに描かれた(《サント・シャペルの福音書》,13世紀)。この場合は一般的なキリストの容貌,服装で表されることが多い。
執筆者:浅野 和生
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報