日本大百科全書(ニッポニカ) 「四辻善成」の意味・わかりやすい解説
四辻善成
よつつじよしなり
(1326―1402)
南北朝時代の公卿(くぎょう)、学者。順徳(じゅんとく)天皇の孫尊雅(たかまさ)王の子。1356年(正平11・延文1)源姓を賜り、81年(弘和1・永徳1)従(じゅ)一位に叙され、95年(応永2)左大臣に任じられ、さらに親王宣下(しんのうせんげ)を望んだが、管領斯波義将(かんれいしばよしまさ)の反対にあい、即日官を辞して出家した(法名、常勝)。彼の最大の業績は、貞治(じょうじ)年間(1362~67)先人らの『源氏物語』研究の成果を集大成した『河海抄』20巻を著したことである。また86年(元中3・至徳3)から3年間にわたる彼の講釈を連歌(れんが)師平井相助(そうじょ)の筆録したのが、名高い『源氏物語千鳥抄』であり、ともに後世の『源氏物語』研究に大きな影響を与えた。彼はまた和歌をもよくし、『風雅集』以下の五勅撰(ちょくせん)集に七首とられており、大原寺の『融通念仏縁起(ゆうずうねんぶつえんぎ)』の詞書(ことばがき)も書いている。
[芳賀幸四郎]
『四辻善成他著『河海抄・花鳥余情』(1978・日本図書センター)』