改訂新版 世界大百科事典 「村方文書」の意味・わかりやすい解説
村方文書 (むらかたもんじょ)
地方(じかた)文書,名主文書,庄屋文書ともいい,日本近世の村で作成された文書類(日記などの記録類や絵図などを含む)の総称。村方文書の多くは領主との関係において作成された公文書であるが,これとは別に私的な文書も各種のものが作成された。また明治期に戸長を務めた家には前代の文書に引き続き,明治前期の村文書も残っている。村方文書とは,狭義には近世の村における公文書を指すが,広義には上記のような各種の文書をも含めた呼称である。
村方文書は近世の村(現在ではこれを一般に旧村(きゆうそん)という)ごとに作成された。旧村名を全国的に知るには《天保郷帳》(郷帳。幕府作成,国立公文書館蔵)あるいは《旧高旧領(きゆうだかきゆうりよう)取調帳》(明治政府作成,《日本史料選書》所収)が便利である。村方文書は名主・庄屋宅で作成されたから,旧村の旧名主・庄屋宅に保存されている例が多い(もちろんまったく廃棄されたり,文書館などの機関に移管されている場合も少なくない)。組頭クラスの旧家に保存されている例も多い。また区有文書(旧村の多くは現在大字あるいは区と呼ばれている)として年々の区長宅に持回りされたり,区の倉庫や寺社に保管されている例もある。旧名主・庄屋や組頭が質屋や酒造業を営んでいたような場合には営業許可関係の公文書とともに私的な営業帳簿が残っていることがある。通例の日記や農業日記などは私文書であるが,これらも村役人クラスの家に残っている場合が多い。私文書は村役人クラス以外の家にも残っている場合があるから注意を要する。
近世を通じて名主・庄屋であり,しかも明治前期に戸長でもあった家には1万点前後の文書が残っている場合があるが,こうした例は少ない。通常は数百点から1000点前後である(もちろんまったく残っていない場合も多い)。文書は近世の各時期に平均して作成されたわけではなく,時期が下るにつれて増える傾向がある。その増え方はピラミッド型ではなく,エッフェル塔型であって,前期にはごく少なく,享保(1716-36)ごろから少しずつ増え,文化・文政期(1804-30)あたりから急増するのが普通である。
主要な村方文書
村に残る公文書(狭義の村方文書)の大部分は,領主支配との関係で下付あるいは提出されたものの控えであるから,その中心的性質には一定の傾向性がある。領主の村支配は具体的には土地,年貢,人身支配の3本柱から成っているから,当然これらに即応した文書が作成された。
土地関係文書の中心は検地帳,名寄帳(なよせちよう)などの土地台帳が中心となる。検地は近世初期に行われたから,検地帳が村に残る文書の始源である場合が非常に多い。これをもとにして,幕末までにさまざまな土地台帳が作成された。
年貢関係文書の中心は一般に年貢免定(めんじよう)あるいは年貢割付(わりつけ)と呼ばれる年貢徴収令状である(年貢割付状)。これは年に1本村に下付されたもので,村はこれに基づいて年貢を納めた。免定は年貢納入にあたっての基本文書であるから,村ではこれを検地帳とともにたいせつに保存した。そのため,初期から幕末まで連続してこれが残っている場合がままある。こうした場合には記載事項のうちの主要部分を年を追って線グラフ化すると,近世を通じての村の状況を概観することができる。年貢を皆納すると,一般に年貢皆済(かいさい)目録といわれる文書が村に下付されるが,その残存度は免定よりよくない。また,村への年貢を村内各戸に割り当てるために年貢小割(こわり)帳といったタイプの文書も作成された。これは土地台帳とともに村内の階層関係を知るのに便利である。
領主による人身支配のための基本文書として,一般に宗門人別改帳と呼ばれる戸籍簿がある。これは村内の各家ごとに家族成員名と年齢を記し,寺院が各人につきキリシタンでない旨の証印を押したものである。つまり人別帳はキリシタン禁止と戸籍把握とを兼ねたものである。この帳面には各家ごとに持高を記したものがかなりある。
領主による村人の精神的支配を表現したものが五人組帳前書(まえがき)である。五人組帳そのものは村内の五人組構成を記しただけの簡単なものだが,これには数十ヵ条もの前書がついている場合が多い。前書には村人の守るべき事項やとるべき社会的態度が事こまかに規定されており,村役人はこれを村人に読み聞かすべきものとされた。
村の概要を知るためには,村絵図や村明細帳が便利である。明細帳は現代の市・町・村勢要覧にあたる。
以上のほか,領主からの触書(ふれがき),廻状類の写し(御用留(ごようどめ)類),村方からの各種の訴状の控えや案文(あんもん)など村方文書の種類はきわめて多様である。これらの公文書によってその村の骨格を知り,さらに農業日記,営業帳簿,香典帳などの各種の私文書による考察を併せて進めれば,村の歴史的状況を広範かつ確実に知ることができる。
執筆者:木村 礎
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報