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司馬達等 しばたっと

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

司馬達等
しばたっと

古代の中国系帰化人。日本の仏教受容初期 (6世紀) に蘇我氏と結んで積極的な役割を果たした。「しめだち」とも読む。『日本書紀』敏達天皇 13年の条には鞍部村主司馬達等とあり,『扶桑略記』には欽明朝の仏教公伝以前における彼の崇仏の記事がある。

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デジタル大辞泉の解説

しば‐たつと【司馬達等】

古代の渡来人。継体天皇のときに来日。蘇我馬子(そがのうまこ)と協力して仏教の興隆に努めた。仏師鞍作止利(くらつくりのとり)は、その孫。生没年未詳。

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百科事典マイペディアの解説

司馬達等【しばたっと】

6世紀仏教伝来初期に蘇我氏と協力して仏教を広めるのに尽くした渡来人。生没年不詳。司馬氏の来朝については応神・仁徳朝など数説ある。娘のうち嶋(しま)は日本最初の出家者となり,多須奈(たすな)は出家して仏像と坂田寺(さかたでら)をつくった。
→関連項目鞍作止利渡来人

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

司馬達等 しば-たっと

?-? 6世紀の渡来人。
鞍作多須奈(くらつくりの-たすな)の父。鞍作鳥(とり)の祖父。鞍作氏の祖。「扶桑(ふそう)略記」には大唐漢人(もろこしのあやひと)案部村主(くらつくりのすぐり)司馬達止とあり,継体天皇16年(522)渡来し,大和(奈良県)坂田原に仏堂をひらいた。「日本書紀」では,敏達(びだつ)天皇13年蘇我馬子(そがの-うまこ)が仏堂を建造した際,娘の嶋(善信尼)を出家させ,仏舎利を献じたという。別名に鞍部司馬達等など。

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世界大百科事典 第2版の解説

しばたっと【司馬達等】

6世紀前半に仏教受容に活躍した帰化人。生没年不詳。達止とも書く。《扶桑略記》によれば,継体朝に渡来して,仏教公伝以前に大和国高市郡の坂田原に草堂を結んで,仏像を安置礼拝していたという。朝廷に仕えて鞍部村主(くらつくりのすくり)という小氏となり,東漢(やまとのあや)氏の統率の下に馬具・皮革製品等の生産に従うとともに,大臣(おおおみ)蘇我馬子を助けて大いに仏法の普及・興隆に努め,その女の嶋(しま)(善信尼)は日本最初の出家者となり,子の鞍部多須奈(たすな)(徳斉法師鞍作止利の父)は用明天皇のために出家して坂田寺を造った。

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大辞林 第三版の解説

しばたつと【司馬達等】

古代の渡来人。継体朝に来日したと伝えられる。蘇我氏と結んで、仏教の普及に大きな役割を果たした。仏師鞍作止利くらつくりのとりはその孫。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

司馬達等
しばたっと

生没年不詳。飛鳥(あすか)時代の渡来系技術者で、仏教篤信者としても知られる。『扶桑略記(ふそうりゃっき)』には、大唐漢人案作村主(もろこしのあやひとくらつくりのすぐり)司馬達止とあり、522年(継体天皇16)に来朝、大和(やまと)の高市(たけち)郡坂田原(奈良県高市(たかいち)郡明日香(あすか)村坂田)に草庵(そうあん)を結び、本尊を安置し帰依(きえ)礼拝したので、世の人々は皆これは大唐の神だとはやしたという。『日本書紀』では、584年(敏達天皇13)に蘇我馬子(そがのうまこ)と協力して仏法興隆に努め、11歳の娘の嶋(しま)を尼にし、馬子の建てた仏殿を供養させ、舎利を献じたことがみえる。彼の子の多須奈(たすな)も用明(ようめい)天皇の冥福(めいふく)を祈って出家し徳斉(とくせい)と称した。多須奈の子が造寺・造仏に優れた業績を残した有名な止利(とり)仏師(鞍作止利(くらつくりのとり))である。[志田諄一]

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