改訂新版 世界大百科事典 「坑内運搬」の意味・わかりやすい解説
坑内運搬 (こうないうんぱん)
鉱山の坑内で行われる,鉱石,ずり,器材および人員の運搬のことをいう。多くの鉱山では,鉱石の採掘場(切羽という)は,地表の坑口から垂直方向にも水平方向にも,かなり離れた位置にある。したがって,採掘された鉱石は,切羽から横坑,さらには斜坑や立坑を経て,坑口まで運搬される。他方,坑内で使用される坑木,ロープ,ポンプその他の器材は,坑口から切羽その他の使用場所まで搬入される。もちろん,坑内で働く人員は,坑口から,坑内の各人の職場まで,ケージや人車などなんらかの乗物を利用して往復するのが普通である。採掘が進むにしたがってつぎつぎに移動していく切羽内での鉱石の積込みと運搬,狭い坑道内で,人員,器材,鉱石およびずりの4者をそれぞれ能率よく安全に運搬する技術,深さ数百mに及ぶ立坑や延長1000mに達する斜坑における運搬など,坑内運搬には,その対象物と目的に応じて,いろいろな技術と設備が用いられている。
切羽運搬
切羽運搬においてまず問題になるのは,採掘された鉱石や石炭を運搬機に積み込むことである。そのために用いられる装置(ローダー)は,しばしば運搬機あるいは採炭機,掘進機と一体になっている。炭鉱の長壁切羽では,長さ100m以上にわたる切羽に沿って,石炭を運搬するためのダブルチェーンコンベヤ(パンツァーコンベヤ)が敷設される。このコンベヤは,採掘が進むにつれて油圧ラムで押し出されて移動し,また採炭機のガイドの役割も果たす。残柱式採炭の切羽では,採炭機で採掘,積込みを行った石炭は,シャトルカーなどの車両によって運搬される。また金属鉱山の切羽では,発破で破砕された鉱石をタイヤ式の積込運搬機などで坑井の入口まで運搬する。
水平坑道運搬
切羽の下方の岩盤内には,切羽と斜坑あるいは立坑とを結ぶ水平坑道(横坑)が設けられている。この水平坑道の運搬手段としては,機関車,トラック,コンベヤなどが用いられる。鉱石やずりを積んだ鉱車,坑木や器材を積んだ台車,あるいは人員運搬用の車両(人車)を連結した列車を牽引する機関車は,多くの場合,蓄電池を動力源とする電気機関車(蓄電池機関車)である。日本の鉱山,炭鉱で用いられているものは,重量4~10t,電動機出力12~36kW,牽引力1~2t,速度6~12km/hである。架線式電気機関車は,狭い坑道では架線と人員あるいは器材とが接触するおそれがあること,さらに炭鉱ではスパークがガス爆発をひきおこすおそれがあることなどの理由で,あまり用いられない。しかし,ガス爆発のおそれのない,十分に広い坑道では,架線式電気機関車やディーゼル機関車が用いられる。このような機関車が鉱車を連結して走行する軌道の軌間(ゲージ)は610mmの場合が多い。
坑井下端の抜取り口から,あるいはコンベヤから鉱車に積み込まれた鉱石の荷降ろしには,チップラーが用いられる。チップラーは能率があまりよくないので,近年,大鉱山では自動的に荷降ろしのできるダンプカーが普及しつつある。
なお,日本ではほとんど普及していないが,ドイツのルール炭田などでは,坑道支保頂部に固定した1本のレールからつり下げた搬器で,器材や坑木を運搬する方式(モノレール運搬)が,切羽付近の坑道でしばしば用いられている。モノレールの搬器は,小型巻上機で駆動されるロープによって走行するもののほか,ディーゼルエンジンを備えた原動車を搬器に連結して走行するものもある。
近年,トラックレスマイニングtrackless miningといって,軌道を敷設せず,ダンプトラック(14度までの勾配なら登り降りができる)やジープを用いて坑道運搬を行う鉱山が増えてきている。しかし,機関車運搬の場合と比較して,坑道断面を大きくとる必要がある。坑内で自動車を用いる場合の最大の問題は,エンジンの排気ガス中の有害成分(COやNOxなど)の処理と,放熱の対策である。前者は,普通の自動車と同様に,エンジンの改造や排気ガスの浄化装置のとりつけによって実現されるが,放熱の問題は,排気ガスの水冷以外にはほとんど対策がない。いずれにしても,トラックレスマイニングでは通気量を大きくすることが不可欠である。
炭鉱では,石炭の運搬に車両を用いないで,コンベヤを用いることが多い。この場合には,切羽およびその付近の一部の坑道でダブルチェーンコンベヤが用いられる以外は,ベルトコンベヤが用いられる。ベルトコンベヤは,いったん敷設するとほとんど人手を必要とせず,運搬能力も大きいので,狭い坑道内で大量の石炭,鉱石を運搬するのに適している。しかし,同じベルトコンベヤで器材や人員も運搬することは不可能なので,別に機関車などを用意しなければならない。
立坑・斜坑の運搬
水平坑道を運搬されてきた鉱石,石炭を坑口まで搬出するためには,立坑や斜坑を通過しなければならない。立坑では,先端にケージやスキップをとりつけたワイヤロープを大型の巻上機で巻き上げる方式がもっぱら用いられている。ケージcageは,鉱車や台車をそのまま収容する容器で,2段あるいは3段になっているものが多く,各段に1~2台の鉱車を収容する。スキップskipは,坑底でシュートからばら荷として積み込まれた鉱石を,坑口で底板を開いたり,容器を転倒したりして荷降ろしする装置である。運搬能率は高いが,人員や器材を運搬することはできない。巻上機には,円筒形のドラムにワイヤロープを巻き取ったり,巻き戻したりして,ケージを昇降させるドラム式巻上機と,円板形の駆動綱車にロープをひっかけて,その両端にケージをとりつけ,駆動綱車とロープとの間の摩擦抵抗だけで,駆動綱車の回転をロープに伝えて,ケージを昇降させるケーペKoepe式巻上機の2種類がある(図)。大型の深い立坑では,ケーペ式が用いられることが多い。大型の巻上機では,駆動綱車を2000kW以上の電動機で駆動して,1回に20tの鉱石,石炭を,深さ800mの所から地表まで,速さ8~12m/sで巻き上げる。
斜坑においても,坑底まで機関車で牽引されてきた列車を,機関車からロープ先端につなぎかえて,そのまま巻上機で巻き上げる方式(コース巻き)が用いられる。この方式は,器材,ずりあるいは人員の運搬手段として,現在最も普通に用いられている。しかし,傾斜十数度の斜坑において,石炭ないし鉱石を運搬するときには,前に述べたベルトコンベヤを用いることが多い。炭鉱で用いられる斜坑運搬用ベルトコンベヤには,1台で延長2100m,揚程(高低差)380m,駆動出力900kW,ベルト幅90cm,ベルト速度150m/minで,1時間に550tの石炭を運搬できるものがある。トラックレスマイニングの鉱山では,斜坑も含めて,坑口まですべてダンプトラックで鉱石を運搬することがある。このような斜坑運搬に使用するダンプトラックは,低速で急勾配を昇降するので,トルクやラジエター容量などに特別な仕様が要求される。
パイプ流送
粉粒体を水や空気といっしょにパイプを通して運搬するパイプ流送の技術が,鉱石やずりの運搬に応用されることがある。日本では,水力採炭を行った石炭を水といっしょに運搬する技術(水力輸送)が,炭鉱の立坑で用いられている。また,坑内の採掘跡を充てんするため,小さく砕かれたずりと水との混合物(スラリー)を,坑外から立坑を通して運搬する方法が,金属鉱山で用いられている。日本の鉱山では,空気を用いたパイプ流送は行われていない。パイプ流送は,パイプ内を鉱石やずりが流れるので,粉塵も発生せず,場所もとらない。しかし,運搬した後で,鉱石やずりを水(または空気)と分離することや,ポンプ,パイプ類の摩耗などが困難をもたらす場合がある。
人員の運搬
小さい鉱山では,人員はもっぱら徒歩で往復するが,大きい鉱山では,なんらかの乗物を利用しなければ,往復時間が長くなりすぎる。人員を運搬する設備は,故障がおこると人命に直接関係するので,鉱石や器材の運搬設備よりも高度の安全性が要求される。立坑の人員運搬では,そのために用いられるケージをつり下げているロープの強度が,静止時の安全率が10以上になるように設計されている。斜坑では,1台当り定員8~12人の人員運搬用車両(人車)を10~20台連結した人車列車をロープで巻き上げ,巻き下げる。この場合のロープの安全率も立坑の場合と同じである。また,人車と人車とを連結するリンクチェーンは,十分に太いものを,たとえば3本並べて用いる。水平坑道では,機関車で牽引する人車列車が用いられる。トラックレスマイニングを採用している鉱山では,ジープで人員を運搬する。このような鉱山では,らせん形の斜坑を掘進した例もある。そのほか,人員運搬専用のベルトコンベヤ(マンベルト)も,炭鉱で徐々に普及しつつある。
執筆者:西松 裕一
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報