家庭医学館 「変形性頸椎症」の解説
へんけいせいけいついしょうけいぶへんけいせいせきついしょう【変形性頸椎症(頸部変形性脊椎症) Cervical Spondylosis】
[どんな病気か]
[症状]
[検査と診断]
◎対症療法でようすをみる
[治療]
[どんな病気か]
くび(頸椎)は頭を支えると同時に、頭を動かすはたらきがあります。また頸椎の中には脊髄(せきずい)が入っていて、たいせつに保護しています。くびの脊髄から枝分かれした神経(頸神経根(けいしんけいこん))は腕へ伸びています。おおもとの脊髄は、背中(胸椎(きょうつい))を下っていき、からだや足の動き、感覚などに重要な役割をはたしています。
頸椎は、7個の脊椎(せきつい)から成り立っており、それぞれは椎間板(ついかんばん)(前方部分)と椎間関節(ついかんかんせつ)(後方部分)で連結されています。椎間板は、円板状のゴムのマットのようなもので、両端は上下の椎体(ついたい)(脊椎の前方部分)と強い接着剤でくっついていると考えればわかりやすいでしょう。椎間板は弾力性に富み、くびを動かすと椎間板の一方がへこみ、すぐにもとに戻ります。
この弾力性は年齢とともに失われ、とくに20歳を過ぎると減少してきます。これは、日常くり返されるくびの運動によって椎間板が痛むためです。
しだいに接着力も弱くなり、脊椎の連結部がぐらぐらしてきます。このぐらつきを止めようとして、椎間板の周囲に骨(骨棘(こっきょく)という)ができ、ときには骨棘が脊椎をつないでしまい、その部分が動かなくなることもあります。
後方部分の椎間関節(構造は手足の関節と似ている)にも変形がおこってきます。正常な頸椎では、第5~6、第6~7、ついで第4~5頸椎間の動きが大きいため、これらの部位の変形がおこりやすいのです。骨棘の形成、関節の変形やぐらつきは、脊髄や神経根の通り道(脊髄が入っている脊柱管(せきちゅうかん)や神経根が出入りする椎間孔(ついかんこう))を狭め、まれですが、脊髄症や神経根症といわれる症状をおこすことがあります。
このような頸椎の変形は、年齢とともに強くなっていき、高齢になるとほとんどすべての人にみられますが、大部分の人は症状を訴えません。
頸椎のX線写真により、椎間板が薄い、骨棘ができているなどの変形は簡単に見つかります。しかしこれは、X線上の診断で、頸椎の老化がみられるということであって、それをすぐに病気と考えてはいけません。
[症状]
項部(こうぶ)(くびの後ろ)の痛みや重だるさ、くびの疲れ、肩こりなどが、とくにきっかけもなく現われてきます。激痛がおこることはきわめて少なく、前記の症状がだらだらと続くことが多いものです。これらの症状は、椎間板や椎間関節の変形と、周辺の靱帯(じんたい)や筋肉の緊張が乱れていることでおこります。神経に圧迫が加わると、腕や足にも症状が現われてきます。
■頸椎症性神経根症(けいついしょうせいしんけいこんしょう)
頸椎の椎間孔を通る神経根が、この部にできた骨棘で圧迫されておこります。とくに心あたりもなくおこる、腕から指先までの響くような激痛やしびれが初期症状です。進行しなかったり、自然によくなることが多いので、初期にはあまり心配しないほうがよいのです。神経質になりすぎて、精神的な要素が病状にまぎれこむことがある病気の1つです。
両方の腕に症状が出ることはめったにありません。くびの動きで、症状が強まったり軽くなったりしますが、ふつうは、くびを後ろに曲げると症状が出ることが多いものです。
時間とともに、指先の感覚が鈍くなったり(知覚障害)、腕の力が弱くなったりします(運動障害)。
どこの椎間孔で神経が圧迫されているかにより、知覚障害や運動障害の分布がちがい、症状から圧迫部位を推定できます。この障害をおこしている部位は、X線写真でもっとも狭窄(きょうさく)が強くみえる部分とは必ずしも一致しません。
下肢(かし)(脚(あし))の症状もあれば、脊髄症状を合併していると考えられます。
■頸椎症性脊髄症(けいついしょうせいせきずいしょう)
頸椎の脊髄が圧迫されると、腕、体幹(たいかん)、足に運動障害や知覚障害が現われてきます。ふつう、気がつかないうちにゆっくりと発症し、しだいに進行することが多いのですが、転んで頭を打った直後から急激に症状が現われることもあります。
治療が遅れると、手術を受けても障害を残すことがあるため、非常に重要な病気と考えるべきです。
程度の差はありますが、からだの左右両側に症状が出ることが多く、指の動きや歩き方で重症度がわかります。はしを使って食事ができるか、ボタンかけができるか、動作がぎこちなくないか、走れるか、歩くときに横ぶれしないか、手すりなしで階段をおりられるか、などが判断の目安になります。
病状が進行すると、排尿までに時間がかかったり、尿を漏らしたりすることがあります(神経因性膀胱(しんけいいんせいぼうこう)(「神経因性膀胱」))。
手指と歩行のどちらに障害が強いかは、人によってさまざまです。
■頸椎症性筋萎縮症(けいついしょうせいきんいしゅくしょう)
腕の痛みやしびれはさほどないのに、腕や指の筋肉が細く(筋萎縮)なってくることがあります。脊髄症と神経根症の中間にあるような病気で、非常にまれなものです。
気づかないうちに、腕を横に上げる筋肉(三角筋(さんかくきん))と肘(ひじ)を曲げる筋肉(上腕二頭筋(じょうわんにとうきん))が萎縮するタイプと、肘を伸ばす筋肉(上腕三頭筋)と指の筋肉が萎縮するタイプとがあります。
[検査と診断]
からだの表面に感覚が鈍いところはないか(知覚検査)、力が弱くなっている関節はないか(筋力検査)、膝(ひざ)のお皿の下をハンマーでたたいたとき、膝から下が跳ねるように持ち上がらないか(膝蓋腱反射(しつがいけんはんしゃ)といい、脊髄症の場合、異常に強く跳ね上がる)、指の曲げ伸ばしを速くできるか(脊髄症の場合、じゃんけんのグーからパーにするとき、指を伸ばしにくい)、頭を押し下げてくびを圧迫したとき、腕に痛みが走らないか(神経根圧迫テスト)などの検査が行なわれます。この結果と症状によって、脊髄や神経根の障害が診断できます。
変形性頸椎症以外の病気(脊髄腫瘍(せきずいしゅよう)、脊椎感染、脊髄の血管障害、転移性脊椎腫瘍、頸椎後縦靱帯骨化症(けいついこうじゅうじんたいこつかしょう)など)でも、同じような症状がみられることがあるため、X線などの検査が必要です。
椎間板が狭くなったり骨棘ができていたりするX線所見は、単に老化による変化にすぎないので、診断には参考程度にしかなりません。
脊髄や神経根の症状に対しては、MRI(磁気共鳴画像法といい、20分ほど装置の中であおむけに休んでいるだけでよく、痛みも何もないが、閉所恐怖症の人には撮影が困難なことがある)、脊髄腔造影(せきずいくうぞうえい)(脊髄をおおう袋の中に造影剤を注入し、脊髄と神経根の形状をみる検査。入院して行なう)、CT(コンピュータ断層撮影)などの検査で、どの部位でどのような圧迫があるかの診断ができます。圧迫があっても無症状のことも少なくないので、圧迫部位と症状のあり方が一致した場合にだけ、それが原因と診断されます。
神経根症が疑われる場合は、X線像をみながら、圧迫を受けている神経に直接、局所麻酔薬を注入し(神経根ブロック)、痛みがとれるかどうかによって、確認することができます。
[治療]
消炎鎮痛薬、筋弛緩薬(きんしかんやく)などの投薬から始まり、くびや肩への温熱療法が行なわれます。
頸椎の牽引療法(けんいんりょうほう)も効果的なことがありますが、外来での牽引は、回数や時間の制限もあり、頑固(がんこ)な神経根症の場合は入院してベッド上での牽引を持続して行なう必要があります。この目的は、頸椎の安静を保つことで、くびを伸ばすことによって圧迫をとることではありません。牽引にかける重量は2~8kgで、過度に牽引量を増やすことはよくありません。牽引で逆に腕の痛みが強まることがあり、こういう場合は中止するべきです。
発症初期には、頸椎カラーという装具をつけ、くびの運動を制限する治療法もあります。
いずれも症状をおさえる対症療法であり、2~3か月間はようすをみないと、治療効果の判定はできません。
このような保存的治療をしても、症状が軽くならないか、または強まるときは、いろいろの検査でその原因がはっきりしている場合にかぎり、手術が検討されます。しかし、くびや肩だけの症状の場合に手術が行なわれることはまずありません。
神経根症では、神経根ブロックの際、ステロイド(副腎皮質(ふくじんひしつ)ホルモン)をまぜ、治療効果をみることがあります。
脊髄症では、症状の進行がみられれば、保存的治療の期間を早めに打ち切り、手術を行なったほうがよい場合が少なくありません。
手術法には、前方法(くびの前から手術し、椎間板と骨棘を切除し、そのすき間に骨盤から採取した移植骨を挿入する前方除圧固定術(ぜんぽうじょあつこていじゅつ))と、後方法(くびの後ろから手術し、頸椎の後ろの骨を上下に広く切除し、脊髄を後ろに移動させて骨棘からの圧迫を逃れる椎弓切除術(ついきゅうせつじょじゅつ))があります。
圧迫の状態、年齢などを検討して、どちらの手術法にするか決めます。
手術により、症状の進行が防げるだけでなく、正常なまでに改善することも少なくありません。
脊髄症に対する手術効果は、手術までの期間(罹病期間(りびょうきかん))が長いほど、手術時の症状が重いほど、また手術時に高齢であるほど、回復は悪くなります。