外傷的経験(読み)がいしょうてきけいけん(その他表記)traumatic experience

日本大百科全書(ニッポニカ) 「外傷的経験」の意味・わかりやすい解説

外傷的経験
がいしょうてきけいけん
traumatic experience

フロイトの精神分析の用語外傷はもともと身体的な傷のことをいうが、その傷の程度によって軽いものから重大な後遺症を残すものまである。こうした医学的比喩(ひゆ)を用いて、心理的に傷を受けることが神経症の病因になると考える。どのような経験が心理的外傷(トラウマ)になるかについては、いろいろな考え方があるが、フロイトがもっとも一般的な外傷的経験とみなすものは、幼児期に大人から性的に誘惑されたことを後年思春期)になって思い出す経験である。しかし幼児期に誘惑を受けたというのは、思春期になってつくりだされた空想であって、実際に誘惑されたか否かとはあまり関係がないとも考えられる。この意味では、外傷的経験は実際の経験ではなくて、単なる空想の産物にすぎないともいえる。フロイトの意味での外傷的経験はあとから外傷としてつくりあげられる経験である。これを遡向(そこう)作用とか事後性という。彼は「ヒステリー症状は実際の記憶ではなく、記憶に基づいて打ち立てられた空想に由来している」と述べ、空想が主体にとっては心的現実であると主張した。いずれにしても、過去の外傷で現在の症状の病因を明らかにしようとすれば論理的には無理が生じてくるから、外傷的経験という概念多義的解釈をせざるをえなくなる。

 フロイトは外傷理論から空想理論に重心を移したが、それから1世紀たった1990年代になるとPTSD心的外傷後ストレス障害)という概念とともに外傷理論も復活してきた。しかし、こうした潮流は、生理学を捨て心理学によって心的現象基礎づけようとしたフロイトの構想に逆行するものである。

[外林大作・川幡政道]

『ディビッド・マス著、大野裕監訳、村山寿美子訳『トラウマ――「心の後遺症」を治す』(1996・講談社)』『ジーン・M・グッドウィン編、市田勝・成田善弘訳『心的外傷の再発見』(1997・岩崎学術出版社)』『ジュディス・L・ハーマン著、中井久夫訳『心的外傷と回復』増補版(1999・みすず書房)』

出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例

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