日本歴史地名大系 「大内郡」の解説
大内郡
おおちぐん
〔古代〕
天平一九年(七四七)二月一一日の法隆寺伽藍縁起并流記資財帳(正倉院文書)の寺領庄園を記した個所に「大内郡一処」とみえる。「和名抄」刊本の訓は「於布知」、また「延喜式」民部省に「
〔中世〕
鎌倉時代後半には当郡はまるごと庄園と化し、皇室領大内庄となった。讃岐唯一の郡名庄である。同庄は後嵯峨院の御願寺京都
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
天平一九年(七四七)二月一一日の法隆寺伽藍縁起并流記資財帳(正倉院文書)の寺領庄園を記した個所に「大内郡一処」とみえる。「和名抄」刊本の訓は「於布知」、また「延喜式」民部省に「
鎌倉時代後半には当郡はまるごと庄園と化し、皇室領大内庄となった。讃岐唯一の郡名庄である。同庄は後嵯峨院の御願寺京都
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
政府首脳が外国を訪問した際の会談内容や合意事項を記した外交文書。法的拘束力は持たないが,その内容は両国を事実上拘束する。類似のものに共同発表 joint statementがあるが,これはより記録的な...
7/28 化学辞典 第2版(森北出版)を更新
6/26 日本大百科全書(ニッポニカ)を更新
4/17 デジタル大辞泉プラスを更新
4/17 デジタル大辞泉を更新
2/17 日本大百科全書(ニッポニカ)を更新