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大姫 おおひめ

朝日日本歴史人物事典の解説

大姫

没年:建久8.7.14(1197.8.28)
生年:治承3?(1179)
源頼朝と北条政子の長女。寿永2(1183)年木曾義仲の長男志水冠者義高(当時11歳)と婚約したが,元暦1(1184)年義仲が敗死すると,鎌倉にあった義高も頼朝に殺され,悲しみの中で大姫は鬱病に苦しんだ。頼朝夫妻は建久初年以来,この娘の入内交渉に着手し,一時期甥の一条高能に再嫁させることも考えたが,結局建久6年帯同上洛,後鳥羽天皇への入内促進を願ったものの,逆に土御門通親に乗ぜられて九条兼実ら親幕派公卿の失脚を招いた(建久7年の政変)。翌年大姫の死により,替わって妹の三幡が妃候補になった。

(杉橋隆夫)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版朝日日本歴史人物事典について | 情報

[日本酒・本格焼酎・泡盛]銘柄コレクションの解説

おおひめ【大姫】

千葉の日本酒。酒名は、地元の大宮神社と姫宮神社から頭文字を取って命名。大吟醸酒本醸造酒などがある。原料米は総の舞、雄山錦など。蔵元の「飯田本家」は明治10年(1877)創業。所在地は香取市小見川

出典|講談社[日本酒・本格焼酎・泡盛]銘柄コレクションについて | 情報

世界大百科事典 第2版の解説

おおひめ【大姫】

1178か79‐97(治承2か3‐建久8)
源頼朝の長女。母は北条政子。1183年(寿永2)木曾義仲の長男志水冠者義高と婚約したが,のち義仲が敗死すると,鎌倉にあった義高も頼朝に殺された。大姫の嘆きは深く,以後鬱病(うつびよう)に苦しんだが,建久初年以来頼朝夫妻はこの娘の入内工作に着手し,95年(建久6)には同道上洛。しかし源通親,丹後局に乗ぜられ失敗,九条兼実ら親幕派公卿の失脚を招いた(建久7年の政変)。97年7月14日没。【杉橋 隆夫】

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