大学自治侵害(読み)だいがくじちしんがい(英語表記)invasion of university autonomy

大学事典 「大学自治侵害」の解説

大学自治侵害
だいがくじちしんがい
invasion of university autonomy

自治侵害

慣行上あるいは法制上,運営管理において自治を認められてきた大学に対して,政府,その他の外部の勢力がその自治を侵害する行為・事態を指す。学問の自由の侵害と重なる部分もあるが,学問の自由への侵害が研究者個々人の行動や業績への批判や攻撃という形をとることが多いのに対して,自治の侵害は学者・研究者が属する大学や学部という組織への攻撃や介入であり,両者は概念上区分される。国立大学が国家の営造物とされ,その管理運営や教職員人事が国家の一元的な管理下に置かれている国,あるいは置かれていた時代,さらには独自の建学の精神,私学経営の自由を持つ私立大学には,大学の自治という観念そのものが存在していないので,たとえ外部から大学への攻撃や介入が行われたとしても,そのことをもって大学自治の侵害とは見なされない。外国では,大学設置形態において国立大学が主流のフランス,ドイツ,ラテンアメリカ諸国において,歴史的にしばしば大学自治侵害の事例が報告されている。

[大学自治の慣行の成立とその侵害]

大学自治の侵害が問題視されるには,大学自治が制度あるいは慣行として社会的に承認され,運営上の実績を持つようになることが前提となる。日本で大学自治の慣行が成立するのは,1905年(明治38)の東京帝国大学の戸水事件,13(大正2)~14年に京都帝国大学を舞台にして生じた沢柳事件の頃からである。とくに沢柳事件が契機となって,教授の任免には学部教授会の同意を必要とするということが承認され,また政府から直接的に任命されていた総長(日本)を大学人の選挙によって選出することになるという,教官人事権を中心とする大学自治,学部自治の慣行が慣習法的規律として確立されてゆく。したがって,大学自治侵害が問題とされるのはこの時期以降,とりわけ,戦前では第2次世界大戦までの昭和前期,戦後においては1968(昭和43)~69年の全国的な大学紛争の勃発した時代までのことであった。

 第1次世界大戦後の大正デモクラシーの時代を経て,国家主義思想や軍国主義が台頭してくるにつれて,社会主義思想や自由主義の立場からこうした潮流に反対する行動をとる学者・研究者に対する批判や攻撃が高まった。こうした学者の休職処分や辞職を求める政府の要求に対して大学や学部が自治を主張して抵抗するという構図の紛争が続発した。1920年(大正9)の森戸(辰男)事件,28年(昭和3)の河上(肇)事件,33年の滝川(幸辰)事件,37年の矢内原(忠雄)事件,39年の河合(栄治郎)事件等が有名である。森戸,矢内原,河合事件は東京帝国大学,河上,滝川事件は京都帝国大学で生じた。なかでも有名な滝川事件は,法学部教授滝川幸辰の著作が不適切であるとして内務省の発禁処分を受けた時,文部省が京大に滝川の辞任を求めたのに対して,法学部教授会がこの要求に抵抗して教授全員の集団辞職を申し出た事件であった。結局,滝川は休職処分となり,強硬派の教授7人が大学を追われることになった。なお,学問の自由をめぐる論議として有名な1935年の美濃部(達吉)事件は,天皇機関説が問題とされた時,美濃部はすでに大学を退職して貴族院議員となっていたため,大学自治そのものをめぐる議論とはならなかった。

[戦後の大学自治論]

第2次世界大戦後の憲法や教育基本法にも,大学自治についての法的規定はないが,大学自治の慣行は継承された。戦後は大学の自治の範囲が拡大解釈される傾向があり,極端な場合,大学構内での警察権の行使を拒絶するという議論も見られた。1952年の東大ポポロ事件や54年の愛知大学事件は,大学の自治の範囲と警察権の介入の可否が争われた事件であった。裁判の結果,大学を一種の治外法権の場とみなす議論は法的には否定されたが,こうした事件以降,戦後長らく大学は警察官の出動を要請することを躊躇し,また警察も大学構内での情報収集活動に慎重な姿勢を貫いてきた。しかしながら,1968~69年の大学紛争の多発は,大学自治論を大きく転換させた。東大紛争をはじめとして紛争の長期化,過激化の中で,大学人による大学の自治的運営の限界を露呈し,最終的には,政府から「大学の運営に関する臨時措置法」を突きつけられ,自ら警察官の出動を要請して,大学の封鎖解除,紛争の終結に踏み切った。大学人自らが大学自治を声高に主張する姿勢は,この後,大学界から急速に姿を消すことになってゆく。
著者: 斉藤泰雄

参考文献: 寺﨑昌男『日本における大学自治制度の成立』評論社,1979.

参考文献: 竹内洋『大学という病』中公文庫,2007.

出典 平凡社「大学事典」大学事典について 情報

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