大学院重点化(読み)だいがくいんじゅうてんか

大学事典 「大学院重点化」の解説

大学院重点化
だいがくいんじゅうてんか

狭義には,1990年代に一部の国立大学に対して行われた大学院重点整備政策,およびこれに対応する当該国立大学の行動を指す。広義には,公立私立大学を含め,その後さらに多くの大学において広まった大学院教育重視の行動および政策を指すことが多い。日本の大学院制度は,明治期の帝国大学設置の際,分科大学とともに大学を構成する組織として発足したが,実際には研究者を志す少数の者のための仮の宿り場としての性格が強かった。つまり制度としてはアメリカ流の大学院を取り入れたものの,運用上はドイツの大学のように徒弟訓練的研究の場として使われていたにすぎなかった。

 第2次世界大戦後の教育改革の中で,日本の大学にはアメリカ流の高等教育制度がそれまで以上に多く取り入れられ,なかでも大学院は修士課程博士課程からなる「課程制大学院(日本)」として位置づけられ,一定の手順を踏んだ教育訓練を経て,修士博士の学位授与に至るというシステムが構築された。ただし実際には,戦前からの徒弟訓練的運用から容易に脱却することができず,とくにそれは文系の大学院に顕著であった。

 また文部省は,国立大学については当初大学院の設置を厳しく抑制し,当初から博士課程の設置がセットされていた医学・歯学分野を除けば,旧制の帝国大学および官立大学の流れを汲む大学・学部についてのみ大学院研究科の設置を認めていた。その後,社会的ニーズの高まりや大学関係者の熱心な努力によって,修士課程が各地の国立大学に設置されるようになり,さらにこれが博士課程の設置にまで広がるようになった。なお,この時期の大学院は一部の独立研究科やいわゆる連合大学院を除けば,学部と一体として運用されており,大学院は専用の人員や施設・設備を持たず,学部の付属物にすぎないと批判する声も多かった。

 大学院の設置は,私立大学や公立大学においても,当該大学の学術研究レベルの高さを示すものとして重視されていたが,とりわけ国立大学においては,大学の運営費(校費)や大学院を担当する教員の給与上の格差となって現れるため,大学院を持たない,あるいは修士課程のみを設置する大学や学部,さらには大学院を担当しない教員にとって,大学院や博士課程の設置・拡充はいわば悲願であり,1991年に大学審議会が大学院入学者の倍増を提言した背景には,そのような事情もあったと考えられる。ただし,修了者の需給関係を十分に考慮しない拡充は,その後深刻な就職問題を引き起こし,現在に至っていることに留意する必要がある。

 同じく1991年,東京大学法学部において,これまでの枠組みを崩すような制度的・財政的枠組みがつくられた。従前は学部を本務とする教員が大学院研究科の教員を兼任するという制度であったものを,本務を研究科担当教員とし,その傍ら学部教育を兼務するという形につくりかえることによって,法学部における大学院部局化を成し遂げ,同時に校費の25%増を実現したものであった。その後,この枠組みは東京大学のほかの部局および旧制帝国大学の流れを汲む北海道大学,東北大学,名古屋大学,京都大学,大阪大学,九州大学にも広がり,また一橋大学や東京工業大学にも拡大した。

 大学院部局化は,その後各地の主要な国立大学にも拡大したが,積算校費の制度変更等によって,大学院部局化に伴う大幅予算増のメリットは失われ,さらに2004年の国立大学の法人化によって,狭義の大学院重点化は終わりを迎えることになった。しかし,その後も大学院を重視するという広義の大学院重点化が終わったわけではない。予算増を伴わない大学院改組・拡充は,国立大学のみならず公立・私立においても盛んに行われるようになり,いまや「大学院教授(日本)」なる教員の肩書きが普及するなど,その影響は各般に及んでいる。

 広義の大学院重点化が,現在に至るまで続いている理由の第1は,知識基盤社会やグローバル化の進展の中,高度な知識・技術を持った研究者や技術者,さらには社会の各般で活躍する人材が求められているからである。理由の第2は,大学院における活発な研究活動を行うには,研究を支えるマンパワーが必要だからである。とくに実験を伴う学問分野においては多くの人手を要し,また組織的活動によって研究成果を生み出すという研究スタイルをとっていることから,マンパワー供給源としての学生確保は当該研究室にとって必須の要件である。第3には,とにかく大学教員にとって大学院を担当し,そこでの研究活動を通じて研究業績を上げていくことは,もっとも理想的な姿であると考えられていることが挙げられる。供給側には大学院拡充の圧力が常にある。このような中,1991年の大学審議会答申が打ち出した大学院学生倍増の提言は90年代末には実現を見ているが,今後はこの大きくなった大学院教育を社会のニーズにどのように繫げていくかが,大学にとっても,また政策当局にとっても大きな課題である。
著者: 山本眞一

参考文献: 江原武一・馬越徹編著『大学院の改革』東信堂,2004.

出典 平凡社「大学事典」大学事典について 情報

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