天疱瘡(読み)テンポウソウ(その他表記)pemphigus

翻訳|pemphigus

改訂新版 世界大百科事典 「天疱瘡」の意味・わかりやすい解説

天疱瘡 (てんほうそう)
pemphigus

全身に大小さまざまの水疱を生ずる疾患を,皮膚科では古くから天疱瘡と呼んでいた。しかし現在では,同様の症状を呈しても,原因の明らかなもの(たとえばブドウ球菌感染)は除いて,〈原因不明のもので慢性に経過し,全身に生ずる大小の水疱を主徴とする疾患で,皮膚に対する自己抗体を有する皮膚疾患〉を天疱瘡と定義している。なお,天疱瘡ときわめて類似する皮膚症状を示すが,その本態が異なる水疱性類天疱瘡,疱疹状皮膚炎,妊娠性疱疹,家族性慢性良性天疱瘡,良性粘膜類天疱瘡は,ここでいう天疱瘡とは別疾患である。

 天疱瘡は中年以上の男女に好発し,通常,発疹の性状および病理組織学的所見から,尋常性天疱瘡増殖性天疱瘡,落葉状天疱瘡,紅斑性天疱瘡の4型に分けられる。なかでも尋常性天疱瘡が最も重症である。いずれの型の天疱瘡でも,患者血清中に皮膚(正しくは表皮細胞間物質)に対する自己抗体が検出され,また病変皮膚には免疫グロブリンの沈着がみられる。これらの検査結果は,病因として自己免疫が関与していることを強く示唆している。水疱は,表皮細胞間の離開(棘(きよく)融解)により形成され,表皮上層(角層下)と表皮下層(基底細胞層直上)の2ヵ所に形成される。

 尋常性天疱瘡は粘膜疹(とくに口腔)で初発し,一見健常な皮膚に水疱が多発する。自覚症状はほとんどない。水疱は弛緩性で疱膜はうすく破れやすく,容易に糜爛(びらん)し,融合して不規則な局面を形成し,糜爛面で疼痛が強い。いずれの型の天疱瘡でも,非水疱部の皮膚に物理的刺激を与えると水疱が新生したり,水疱を圧迫すると水平に拡大する現象が観察される(これをニコルスキー現象という)。

 増殖性天疱瘡は尋常性天疱瘡の亜型で,間擦部(皮膚が互いにふれあう部位)の水疱に乳頭状増殖を伴う。落葉状天疱瘡は水疱の形成部が表在性(角層下)で,顔面,頸部,軀幹に落屑や痂皮を形成する。粘膜疹はみられない。紅斑性天疱瘡は落葉状天疱瘡の亜型で,顔面に蝶形紅斑を伴う。別の自己免疫性疾患である紅斑性狼瘡(エリテマトーデスとも呼ばれる)を合併するものとしないものがあり,また,重症筋無力症や胸腺腫の合併も知られている。いずれの型の天疱瘡でも全身症状を伴うことは少ない。

 診断は,難治性の水疱糜爛,痂皮,ニコルスキー現象陽性,水疱部の病理組織像で棘融解による表皮内水疱,また表皮内への好酸球浸潤による海綿状態,水疱底部からの塗抹標本で棘融解性細胞の検出,および血中自己抗体の証明,病変部の表皮細胞内への免疫グロブリン,補体成分の証明などによって行われる。鑑別を要する似た疾患には,冒頭に述べた類似疾患に加え,重症薬疹,伝染性膿痂疹,角層下膿疱症などが挙げられる。

 治療は,原則として入院のうえ,内臓悪性腫疹の有無について検査すると同時に,全身的に副腎皮質ホルモン経口投与を行う。発疹の状態によっては輸液も必要である。各種の免疫抑制剤(アザチオブリン,サイクロホスファマイドなど)やジアミノジフェニルスルホンの内服,あるいは金療法なども併用あるいは単独に行われる。局所的には,二次感染に留意し,糜爛面にはサルファ剤,抗生物質含有軟膏,副腎皮質ホルモン含有軟膏などを塗布する。

 尋常性天疱瘡は以前はきわめて予後不良とされていたが,副腎皮質ホルモン剤の導入により,かなりの生命延長と症状の改善が得られるようになった。しかし治療開始時にプレドニソロン(副腎皮質ホルモン剤)100mg/日以上の投与を必要とする場合の予後は不良と考えられている。落葉状天疱瘡,紅斑性天疱瘡は慢性に経過し,予後は良好で自然治癒も観察される。
執筆者:

出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報

家庭医学館 「天疱瘡」の解説

てんぽうそう【天疱瘡 Pemphigus】

[どんな病気か]
 自己の体内の組織やたんぱくを自己以外の異物ととらえて攻撃するたんぱく体を自己抗体(じここうたい)といい、その結果おこる病気を自己免疫疾患(じこめんえきしっかん)といいます。
 天疱瘡は代表的な自己免疫性の水疱症(すいほうしょう)です。健康な皮膚に、何のきっかけもないのに突然、水疱(水ぶくれ)やびらん(ただれ)がたくさんできる病気で、多くの種類があります。
 この病気は、血液(血清(けっせい))に含まれるIgG(免疫グロブリンG)の抗表皮細胞間抗体(こうひょうひさいぼうかんこうたい)というたんぱく体が皮膚細胞のある成分を攻撃、その接着面を溶かして水ぶくれ状態にすることでおこること、その成分とは皮膚細胞を接着しているデスモソーム(細胞間橋(さいぼうかんきょう))の構成成分(デスモグレイン1および3)であることがわかってきました。
 天疱瘡は尋常性天疱瘡(じんじょうせいてんぽうそう)と落葉状天疱瘡(らくようじょうてんぽうそう)とに大別されます。通常、尋常性天疱瘡のほうが落葉状天疱瘡より重症で、かつては致死的とされていましたが、現在は治療法が開発され、治るようになっています。
[症状]
 尋常性天疱瘡は全身、とくに鼠径部(そけいぶ)、腋窩部(えきかぶ)など皮膚が擦(こす)れるところにやわらかい水疱と治りにくいびらんができます。びらんは口腔内(こうくうない)にできることもあります。
 落葉状天疱瘡は、口腔内を除くからだ全体に小さな水疱ができるものです。水疱がすぐに破れ、乾燥してはがれ落ちるのでこの名があります。
[原因]
 自己免疫性皮膚疾患の多くは血液中の自己抗体が皮膚細胞の成分を攻撃しておこることがわかってきました。本来、自分の体内の成分には免疫反応がおこらないのに、そのしくみがどうして崩れて自己抗体ができてしまうのかについては、まだよくわかっていません。そのため、特別な予防法もまだありません。
[検査と診断]
 皮膚の細胞を少し切り取って顕微鏡で検査してみると、尋常性天疱瘡では基底層(きていそう)の上に、落葉状天疱瘡では表皮上層角層(ひょうひじょうそうかくそう)の下に棘融解性(きょくゆうかいせい)の(棘細胞が溶けたような)水疱がみられます。蛍光抗体法(けいこうこうたいほう)という検査で皮膚や血清中にIgG(免疫グロブリンG)抗表皮細胞間抗体があれば診断がつきます。
[治療]
 副腎皮質(ふくじんひしつ)ホルモン(プレドニンなど)の内服療法が中心です。一般には、入院して、プレドニンならば1日30~60mgが使用されます。落葉状天疱瘡のほうが尋常性天疱瘡より少量ですみます。
 重症の場合は、副腎皮質ホルモンが増量されるか、免疫反応を抑える薬(シクロスポリン剤がよく効きますが、まだ保険で使えません)と血漿交換療法(けっしょうこうかんりょうほう)(人工透析の「血漿交換法」)とが併用されます。副腎皮質ホルモンには副作用もあるため、注意しながら治療が行なわれます。
[日常生活の注意]
 治るには時間がかかります。主治医の治療方針をよく守り、根気よく治療を続けることがたいせつです。自分の判断で中止してしまったりすると、再発をくり返し、重い副作用をひきおこすことがあります。

出典 小学館家庭医学館について 情報

日本大百科全書(ニッポニカ) 「天疱瘡」の意味・わかりやすい解説

天疱瘡
てんぽうそう

全身に広く水疱を生ずることを特徴とする疾患で、自己免疫疾患と考えられており、特定疾患(難病)に指定されている。指頭で摩擦するような機械的刺激によって、一見健康そうな皮膚の表層がはがれ、表皮組織が裂けたところが水疱となる。その表皮の裂け方や臨床症状などから、尋常性天疱瘡、増殖性天疱瘡、紅斑(こうはん)性天疱瘡、落葉状天疱瘡などと分類されている。いずれも病期には血中に天疱瘡抗体が証明されるが、副腎(ふくじん)皮質ホルモンによる治療で寛解が期待される。

[上田由紀子]

補説

なお、天疱瘡という疾患名には「疱瘡(ほうそう)」という漢字表記が含まれるが、天然痘(てんねんとう)の俗称である「疱瘡」とは、まったく異なるものである。天疱瘡は、前述のとおり、自己免疫性の皮膚疾患と考えられ、遺伝、またウイルスによる感染性はない。2008年(平成20)現在日本全国の患者数は、厚生労働省研究班の調査によれば、3000~4000人程と推定される(難病情報センター資料による)。一方、「疱瘡」または「痘瘡(とうそう)」とも称される天然痘は、天然痘ウイルスを病原ウイルスとする強力な感染症であり、種痘(しゅとう)の普及以前は、非常に恐れられた。日本では、天然痘が根絶されて久しく、患者はいない。

[編集部]

出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「天疱瘡」の意味・わかりやすい解説

天疱瘡
てんぽうそう
pemphigus

代表的な水疱性皮膚疾患。大小種々の,概して大型の水疱が皮膚表面に多発する疾患をいう。厚生労働省指定の難病の一つで,一種の自己免疫疾患と考えられる。臨床所見により次の4型に大別される。 (1) 尋常性天疱瘡 天疱瘡のなかで最も多い。皮膚に大小の水疱が多発する。水疱はやがて疱膜が容易に破れて,びらん面をつくる。また一見,健康にみえる皮膚を強くこすると,その部に一致して水疱や表皮剥離が起きる。これをニコルスキー現象という。口腔粘膜も侵され,飲食物の摂取がむずかしくなる。 (2) 増殖性天疱瘡 (1) の亜型。まず水疱が発生し,破れてびらん面をつくるが,のちに表皮の増殖性変化が起る。口や肛門周囲,陰股部,わきの下などに好発する。 (3) 落葉状天疱瘡 剥離性天疱瘡ともいう。全身に小水疱が多発するが,すぐ破れてびらん面をつくり,乾燥して痂皮ができて葉状になって落屑する。 (4) 紅斑性天疱瘡 (3) の亜型。セニア=アッシャー症候群ともいう。顔面に円形状の紅斑性狼瘡に似た皮疹ができるのが特徴的で,そのほか (3) と同じように胸,背に小水疱ができて容易に破れてびらんを形成する。体の中心部にびらん性膿痂疹様皮疹,脂漏性皮膚炎あるいは乾癬様皮疹が多発する。

出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報

内科学 第10版 「天疱瘡」の解説

天疱瘡(口腔粘膜・舌の疾患)

(1)天疱瘡(pemphigus)
概念
 皮膚・粘膜に生じる自己免疫性水疱性疾患で,表皮あるいは上皮内に水疱を形成する.尋常性天疱瘡(pemphigus vulgaris),落葉状天疱瘡,およびその他の3型に大別される.
尋常性天疱瘡
臨床症状
 天疱瘡の中の多くはこの型で,疼痛を伴う難治性のびらん,潰瘍で口腔粘膜に初発する頻度が高い.病変は粘膜に広範に生じ,食事は疼痛のために困難となる.
病因・病態生理
 IgG自己抗体が上皮細胞間接着因子デスモグレイン3(DSG3)に結合し,接着機能を障害するために水疱が形成されると考えられる.
検査成績
尋常性天疱瘡抗原蛋白であるDSG3が血中高値となる.
治療
 栄養管理を行ったうえで,副腎皮質ステロイド薬の局所あるいは全身投与により治療する.[高戸 毅]
■文献
榎本昭二,他編:最新口腔外科学,第4版,医歯薬出版,東京,2000.玉置邦彦総編集:最新皮膚科学大系第17巻 付属器・口腔粘膜の疾患,第1版,中山書店,東京,2002.

出典 内科学 第10版内科学 第10版について 情報

《「晋書」杜預伝から》竹が最初の一節を割るとあとは一気に割れるように、勢いが激しくてとどめがたいこと。「破竹の勢いで連戦連勝する」[類語]強い・強力・強大・無敵・最強・力強い・勝負強い・屈強・強豪・強...

破竹の勢いの用語解説を読む