体内時計ともいわれる。生物の活動は1日を通じさまざまな変動を示す。動物では昼行性あるいは夜行性といわれるような明りょうな日周性が広く知られている(約24時間の周期性をもつので概日リズムと呼ばれる)。植物では葉の昼夜運動がもっとも古くから知られているが,サヤミドロの遊走子放散,ベニインゲンの花弁の開閉運動,ニセウズオビモの発光なども日周性を示す。このような日周性は昼夜変化のない暗室などの実験条件下でも持続するので,その原因は生物自身の体内にあると考えられる。しかしそのメカニズムは,たとえばネズミの場合,活動による疲労が休息を導き休息による活力の回復が活動を引き起こす,というような単純なものではない。電気ショックで10日間ほど動けなくなったネズミが活動を再開する時には,その活動時刻は電気ショックを与える以前の活動リズムの延長上にくる。このことは,活動・休息という目に見える現象の背後に時を刻むものが存在することを示しており,それを生物時計と呼んでいる。
生物時計は恒常条件下では約24時間周期で動き続け(図),その周期は通常の温度範囲内ではほとんど変わらない。しかし自然条件下では生物時計は外界の光周期による調整を受けるので,昼夜変化ときちんと同調する。生物時計が生得的なものであることは,ネズミやショウジョウバエなどを何世代も恒常条件下で飼育しても,その周期性が失われず,かりに失われてもせん(閃)光のような単一の光刺激で約24時間のリズムを発現させることからもわかる。体内における生物時計の所在については動物でよく研究されており,ゴキブリやコオロギの歩行活動では脳の視葉に,ヤママユガ科のサクサンやセクロピアサンの羽化や飛翔(ひしよう)行動では脳の主葉にあることがわかっている。軟体動物のアメフラシから摘出した内臓神経節中には日周変動をもって自発的にインパルスを出す細胞が一つ見つかっている。また,高等脊椎動物では睡眠覚醒,飲水行動,ホルモン分泌などのリズムに間脳視床下部の視交叉上核が重要な働きをしていることが示されている。一方,ハムスターから切り出された腸の断片の蠕動(ぜんどう)運動やネズミの培養肝細胞の酵素活性に概日リズムが見られることは,生物時計が単に脳だけにあるのではなく,体の種々の器官にもあることを示唆している。系統発生的に見て,概日リズムは単細胞生物以上のほとんどの生物に見られるので,多細胞生物のすべての細胞が生物時計をもっているとさえ考える学者もいる。少なくともある種の多細胞生物が複数の時計をもつことは否定できず,その生物が自然条件下で生活している間はそれら複数の時計が互いに同調し,全体として調和のとれた状態を保っているものと推定される。
生物時計のメカニズムについては現在さまざまの方面からその解明が進められている。その一つに,生物時計の本体を当面ブラックボックスとしておき,外界条件の変化に対するリズムの位相や周期の変化から時計のしくみを推定するものがある。ビュニングE.Bünningは,インゲンの葉の昼夜運動リズムには低温処理で位相が遅れる時期とそうでない時期があることから,時計の進行にはエネルギー供給を必要とする時期と必要としない時期があり,時計はこの二つの時期を交互に繰り返す振動子であると考えた。しかし,同様にエネルギー供給を断つ低温処理と嫌気処理とで結果は必ずしも一致しなかった。ピッテンドリクG.S.Pittendrighは,ショウジョウバエの羽化リズムが温度変化や光中断の影響を受けることから,光に敏感なA振動体と温度に敏感でリズム現象に直結したB振動体からなる二振動体モデルを提唱した。光中断実験でリズムが新しい位相に安定するまで数サイクルを要するのは,まずA振動体が中断光でセットされつぎにB振動体がこれに従うのに数サイクルかかるためと考えた。このようなアプローチとは異なり,生化学的手法で時計のしくみを具体的に知ろうとする試みもなされている。ニセウズオビモの発光リズムでは数分の紫外線照射で位相変位がおこり,ウキクサの花芽形成への光中断効果はDNA合成阻害剤によって打ち消される。紫外線を吸収するものとして可能性の高い生体物質はDNAであるので,時計の構成要素の一つとしてDNAが考えられている。カサノリの光合成リズムはRNA合成阻害剤であるアクチノマイシンDで減衰し,ミドリムシの走光性リズムはタンパク質合成阻害剤シクロヘキシミドによって影響されることなどから,RNAやタンパク質の関与も考えられる。一方,時計を狂わす化学物質の追求も行われている。その際ある化学物質の作用でリズムが消失するだけでは,先に述べたネズミの電気ショック実験のように時計本体が影響を受けたかどうかわからない。この点を十分考慮した上で種々の物質が検討され,現在まで上記のシクロヘキシミドのほか,膜の透過性に影響を与えるアルコール,重水,リチウムイオン,抗生物質のバリノマイシンがクローズアップされてきた。リチウムイオンとバリノマイシンは植物で,アルコールと重水は種々の動植物でその効果が確かめられている。このことは膜がなんらかの形で生物時計のメカニズムに関与している可能性が高いことを示している。
生物時計は,それをもつ生物が好適な時刻に活動するのを保証することのほかに,昆虫や植物がある季節に休眠したり開花するいわゆる光周反応(光周性)の際の日長測定や,鳥の渡りの際の太陽コンパスにも使われている。生物時計という語ははじめは概日リズムに対してのみ使われてきたが,最近では海岸の生物における潮汐や月の位相に関連した現象や哺乳類の冬眠のような年周リズムに対しても広く用いられる。さらに,世界各地に株分けしたタケが数年後にいっせいに開花した事実は,その開花のタイミングが環境とは独立の体内の時計機構によることを示唆しており,このような生物の寿命なども広い意味では生物時計の作用と考えられている。
執筆者:今福 道夫+前田 靖男
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
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生物の体内に備わった時計機構をいう。体内時計ともいう。広義には、冬眠動物などの約1年周期のリズムを発生する時計、潮間帯の生物の潮汐(ちょうせき)周期に同調した活動を支配する時計なども含まれるが、一般には概日リズム(がいじつりずむ)を発生する約1日周期の時計をいう。生物の種々の活動にみられる時間的秩序は、これらの時計と環境との複雑な相互作用の結果と考えられる。生物時計は、環境の周期的変動に密接に結び付いている。したがって、生物は将来の環境の変化を生物時計によって予測し、それに備えて体内・体外の諸条件を整えることができる。たとえば、昼間洞穴中で休息するコウモリは、太陽を直接見なくても、生物時計を用いて日没の時刻を予測し、活動を開始する。このほかにも、生物時計は生物の活動のさまざまな局面に用いられている。たとえば、ミツバチなどは、生物時計を用いて1日の特定の時刻を学習できる。渡りをする動物は、太陽コンパスによって方位を知る際に、生物時計によって太陽の位置を補正している。また、昆虫の休眠は日長によって支配されているが、この日長の測定にも生物時計が重要な役割を果たしている。
[佐藤 哲]
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
生物の活動を周期的に変化させる仕組み.外界からの刺激がなくてもリズムを刻むので体内時計ともいわれる.行動リズムのない突然変異などの解析から遺伝子レベルでの解明がなされ,timeless,clock,cycle,bmal,period,cryptochromeなどの遺伝子が同定されている.これら遺伝子の転写→翻訳→タンパク質産物による転写制御という負のフィードバックループを形成し,リズムを発振していることが明らかになりつつある.もっとも研究が進んでいるのは,ほ乳類の慨日リズム(circadian rhythm)をつかさどっているニューロン(視交差上核にある)で,24時間より少し長めのリズムを刻んでいる.このリズムは,常暗や常明下でも維持されるが,これに外界の明暗のリズムが入ると,それに周期を合わせるように発振する補正機能も備えている.視交差上核の神経細胞を破壊すると24時間周期のリズム(サーカディアンリズム)は失われる.
出典 森北出版「化学辞典(第2版)」化学辞典 第2版について 情報
(垂水雄二 科学ジャーナリスト / 2007年)
出典 (株)朝日新聞出版発行「知恵蔵」知恵蔵について 情報
…概日リズムは外界の光周期に最もよく同調するが,その光周期がたとえば12時間とか36時間というように,24時間から極端にそれると同調できないこと,恒常条件下で見られる周期はある温度範囲内では高温でも低温でもあまり変わらないこと,また代謝阻害剤などの化学物質に対して比較的安定なことなどがあげられる。以上のことから,種々の生物に見られる概日リズムには共通のメカニズムがあり,それが生物時計に基づくものであると仮定されている。生物が概日リズムをもつことは,たとえば洞穴内のコウモリが洞穴内にいて日没時を予測したり,ショウジョウバエが朝の高温時に羽化するのを保証したりするというように,適応的意味の明確な場合も多いが,先に述べた植物の葉の運動のようにその意味の不明りょうな場合もある。…
…脳下垂体前葉からは,このほか,糖や脂質の代謝や骨の成長にたいせつな成長ホルモンを分泌する。ホルモン
[体と日周リズム]
体の多くの活動は体に内蔵されている生物時計の支配下におかれ,25時間に近い周期をもっている。この周期は概日リズム,または日周リズムと呼ばれる。…
…どのような光周反応でも,光周情報→測時機能→神経分泌機構→反応の表現,という経路があるはずで,1日の明暗の時間を測る時計機構の存在が前提となる。そこで現在,生物時計との関連が追求されているが,脊椎動物でも昆虫でも,光周期を測る生物時計の実体はまだ完全には解明されていない。【正木 進三】
[植物における光周性]
光周性に依存する植物の現象としては花芽形成,茎の伸長,休眠,落葉などが知られているが,とりわけ花芽形成についてよく研究されている。…
※「生物時計」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
〘 名詞 〙 年の暮れに、その年の仕事を終えること。また、その日。《 季語・冬 》[初出の実例]「けふは大晦日(つごもり)一年中の仕事納(オサ)め」(出典:浄瑠璃・新版歌祭文(お染久松)(1780)油...
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