渡り(読み)ワタリ(英語表記)migration

翻訳|migration

デジタル大辞泉 「渡り」の意味・読み・例文・類語

わたり【渡り】

[名]
川などの渡る場所。渡し。「宇治の渡り
離れた二つの場所に掛けて渡すもの。渡り板や渡り廊下など。
外国から渡来すること。また、そのもの。「オランダ渡りの鉄砲」
定住しないで渡り歩くこと。また、その人。「渡りの職人」
俗に、退職した官僚が退職後の勤め先を次々と移り歩くこと。高額の給料、退職金を取るので批判されている。「天下り官僚の渡りを禁止する」
両者が通じ合うように交渉すること。「資本参加についての渡りがあった」
連続する音韻を発音する際、ある単音から次の単音へ移るための調音の態勢の動き。また、それによって生じる音。一つの単音について、前からの渡りを「入り渡り」、後ろへの渡りを「出渡り」という。
囲碁で、相手の石を挟んで両方の石が連絡すること。盤面の端で行われる。
動物、特に鳥が、環境の変化に応じて行う季節的な往復移動。食物の獲得・産卵などのために行う。
10 (「径」とも書く)さしわたし。直径。わたし。
「丁度―一尺位に見える橙黄色の日輪が」〈鴎外・妄想〉
11 活版印刷の組版で、ページ物を組み付けるとき、見開きの左側の版の左端から右側の版の右端までの寸法。
12 ある所へやって来ること。また、来訪すること。
「さてもただ今の御―こそ、情けもすぐれて深う」〈平家・七〉
13 川などを渡ること。
「淀の―といふものをせしかば」〈・一一四〉
[接尾]助数詞。物事がひととおりゆきわたる回数を数えるのに用いる。「ひと渡り注意して見回る」

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精選版 日本国語大辞典 「渡り」の意味・読み・例文・類語

わたり【渡・済】

  1. [ 1 ] 〘 名詞 〙 ( 動詞「わたる(渡)」の連用形の名詞化 )
    1. ( ━する ) 船などで、川や海を渡ること。渡航。
      1. [初出の実例]「初瀬にまうでて、淀のわたりといふものをせしかば」(出典:枕草子(10C終)一一四)
    2. 川や海の、一方の岸から他方の岸へ渡る場所。渡し。渡し場。また、その通り道。航路。
      1. [初出の実例]「ちはやぶる 宇治の和多理(ワタリ)棹取りに 速けむ人し わが仲間(もこ)に来む」(出典:古事記(712)中・歌謡)
    3. ある所へ移動すること。引っ越すこと。また、ある所へやってくること。来訪すること。
      1. [初出の実例]「御わたりの料とて、人々にもたてまつりたり」(出典:宇津保物語(970‐999頃)楼上上)
      2. 「さても只今の御わたりこそ、情もすぐれてふかう、哀も殊に思ひ知られて」(出典:平家物語(13C前)七)
    4. 外国から物が渡来すること。また、そのもの。
      1. [初出の実例]「貝桶にわたりの純子蓋(どんすををい)無用に候」(出典:浮世草子・万の文反古(1696)二)
    5. 職業や職場などを転々と変わること。また、そういう人。わたり者。近世には中間・小者などをいう。
      1. [初出の実例]「浅草のあしたの空はたしか也 わたり相手に狼藉千万」(出典:俳諧・西鶴大矢数(1681)第二二)
    6. 物の上に渡して、歩いて渡るための板。また、建物の間に設けてそれをつなげる廊下。渡り板や渡り廊。
      1. [初出の実例]「本舞台三間の常足の藁屋、竹縁、正面押入、鼠壁、上手落間、柴垣丸太の渡り」(出典:歌舞伎・綴合於伝仮名書(高橋お伝)(1879)五幕)
    7. 両者の間がうまくいくように交渉したり、挨拶したりすること。話を付けること。→渡りが付く渡りを付ける
      1. [初出の実例]「今以て付届(ワタリ)にも来ず、どうで始終は切店へでも売りのめされるで御座りませう」(出典:黄表紙・四天王大通仕立(1782))
    8. 謝礼・慰労などの気持で渡す、ちょっとした品物や金銭。心づけ。祝儀。付け届け。
      1. [初出の実例]「私(わちき)を名差で座敷へ呼んで、花金(ワタリ)〈是は祝儀の事なり〉を呉れたり何かするが」(出典:人情本・春色雪の梅(1838‐42頃か)四)
    9. ( 渡・槃 ) 囲碁で、低位で石が連絡すること。ふつう三線以下での連絡をいう。〔モダン新用語辞典(1931)〕
    10. 音声学の用語。連続する音韻を発音する際、ある単音から次の単音へ移るための調音の態勢の動き。また、それによって生じる音。一つの単音について、前からのわたりを「入りわたり」、後へのわたりを「出わたり」という。
    11. ( 径 ) 物の端から端までの長さ。また、直径。さしわたし。
      1. [初出の実例]「八百余巻を写し長度(ワタリなかき)紙を造る」(出典:天理本金剛般若経集験記平安初期点(850頃))
    12. 動物が環境の変化に応じて、または食物の獲得・生殖・産卵・育児のために行なう移動。主として群れの季節的往復移動をさしていう。鳥の渡りなどが有名。
  2. [ 2 ] 〘 接尾語 〙 物事が一通りゆきわたる回数を数えるのに用いる。
    1. [初出の実例]「ひとわたりあそびて、琵琶ひきやみたる程に」(出典:枕草子(10C終)八一)

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改訂新版 世界大百科事典 「渡り」の意味・わかりやすい解説

渡り (わたり)
migration

動物ことに鳥類が繁殖地と越冬地とを毎年規則正しく往復することをいう。移動の一種。昨日まで群がっていた鳥たちが,一夜にして姿を消したり,今までいなかった鳥たちが急に現れたりすることは,昔の人々にとってはひじょうに不思議なことであったに違いない。事実古代からヨーロッパでは,ツバメ地中海にもぐって冬を過ごすと考えられ,中国でもツバメは長江(揚子江)の泥にもぐって冬を過ごすと考えられていた。しかし19世紀から20世紀にかけて,科学的な標識法がとり入れられるようになり,その結果しだいに渡りの実態が解明されるようになってきた。渡りについては四つの主要な問題点があげられる。第1は,鳥はどうして渡りをするようになったか(起源),第2はどうして遠くから自分の巣に帰ることができるのか(帰巣(きそう)),第3には渡り鳥はどうして方向を定め正しく渡っていけるのか(航法),第4は渡りがいかなる要因によってひき起こされるのか(生理)という点である。以下にそれぞれについて要約する。

鳥はいつごろ渡りをはじめるようになったのだろうか。氷河説によると,北の地方に住む鳥が氷河によって南へ追われ,また暖かくなって北へ帰るようになり,こうして移動しているうちに渡りに発達したというものである。だが氷河期には,数度の暖期がおとずれており,このような単純な形で説明しきれるものではないし,また鳥類の出現は1億3000万年も昔のことなので,おそらく氷河よりずっと以前から渡りが行われていたとみる人も多い。次にA.R.ウォーレスが提唱したような,渡りは食物に帰因するという説がある。これは冬がきて食物が不足するため,秋になると繁殖地をあとに南へ渡っていくという考えである。確かに,冬季の食物の欠乏は渡りの進化の中では重大な問題であり,南へ渡ったほうがはるかに有利であろう。だが実際には多少の餌があっても渡りを開始するのが実状である。また大陸移動説と渡りを結びつける人もいる。しかしこれについても,大陸移動は地史的に現世の鳥類出現よりもかなり古い時代なので,渡りと結びつけることはできないという反論もある。そのほか春の渡りは生れ故郷への愛着心からであり,秋の渡りは寒さと食物の不足にそなえて行われるものであるという説もある。いずれにせよ,この点に関してまだ定説はない。

ハトはひじょうに帰巣性が強い。巣で繁殖が営まれていればさらに帰巣性は強まる。野生の鳥では,ミズナギドリストックホルムからアメリカのボストンに空輸して放したところ,4900kmをおよそ11ヵ月かかって帰った例がある。帰巣性の実験は外国では数多くあるが,今回は日本の例をあげておこう。1931年に長野県で孵化(ふか)したばかりのイワツバメ220羽に標識し,東京浅川の鳥獣実験場付近に放鳥したところ,翌年長野へは帰らず放鳥した地域一帯へ帰還し,八王子まで進出した。帰巣性は,鳥類以外にもハチやアリといった社会性昆虫,サケ・マス(母川回帰)などにも知られているが,なぜ帰巣するのかについてはまだ不明の点が多い。しかしこうした帰巣性が渡りをひき起こす要因となった可能性は強い。つまり外的環境によって誘発された渡りは,少しずつ分布を拡張するという結果をもたらすが,それに帰巣性が結びつくことによって,外的な影響のみに支配されていた移動がやがて遺伝的に組みこまれた渡りへと進化したと考えることができる。

ドイツのシュッツE.Schüzはコウノトリの幼鳥を一時部屋に閉じこめ,親鳥が渡り終わってから放鳥したところ,かなりのばらつきはあったものの,全体としては親と同じ方向へ飛んだ。この実験から渡りの方向は遺伝的に定められていることがわかった。ドイツのクラマーG.Kramerはホシムクドリを等間隔に窓をつけた円形のかごに入れ,窓から光を入れたところ光線に対してある一定の方向を示し(定位),曇天ではまったく方向性を示さないことを発見した。イギリスのマシューズG.V.T.Matthewsはさらにこの実験から考えを発展させて太陽弧によって鳥が方向性を見いだしている,つまり鳥が太陽コンパスをもっているという説を出した。さらに太陽方位の決定には太陽コンパスだけでなく,体内の生物時計の助けが必要であることも見いだした。またドイツのザワー夫妻(E.G.F.SauerとE.M.Sauer)らは,夜間渡るムシクイの一種をプラネタリウムに入れて観察し,星空に定位することをたしかめたし,アメリカのエムレンS.T.Emlenはルリノジコを使ってプラネタリウムで実験し,小鳥たちが北極星を中心とするこぐま座,カシオペヤ座などの星座のパターン(型)が定位に利用されていることを発見した。なお曇天で星が見えないときは風の方向に流されるように飛ぶことも確かめられた。そのほか渡り鳥が地磁気を感じて方向を知るのではないかという説もあり,アメリカのプレスティD.Prestiらはミヤマシトドの頸部にマグネタイト様の磁性物質を発見している。しかし,これが方向判定や航法にどう役だっているのかまだわかっていない。鳥たちはいろいろな手段をそのつど使いわけて渡りを遂行しているのである。

渡りをひき起こす要因としては,まず日照が重要な役割をもっている。カシラダカでは約13時間以上日照を与えると渡りがひき起こされる。また温度は直接渡りを起こす要因にはならないが,渡りの出発を早めたり遅らせたりする変更要因として働いていることがわかった。なお渡りとホルモンとの関係については,プロラクチンが重要な役割を果たしていることがわかっているが,そのホルモン機構はまだ解明されていない。

 以上のように渡りに関する研究は近年急速に進んでいるが,これらの結果は種によってまちまちであるため,統一的な見解を得るためには,今後多くの種についてさらに研究を積み重ねていくことが望まれる。
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日本大百科全書(ニッポニカ) 「渡り」の意味・わかりやすい解説

渡り
わたり
migration
seasonal migration

鳥類が定期的に生活上の必要に応じて生息地を季節的にかえる現象、またはその際の移動行動をいう。日本語では鳥類以外にはほとんど用いない。しかし英語のmigrationは渡りも含むが、広くさまざまな動物について生息地の移動をいい、かならずしも定期的でも季節的でも往復的でもない移動をも含んでいる。日本語の渡りということばをこの意味に近づけて用いる人もいるが、以下では慣用に従って鳥類の問題に限ることにする。

 鳥の渡りは現象的にはさまざまであるが、その一部については別項「渡り鳥」をもあわせて参照されたい。渡りは昼間に行う種と夜間に行う種があり、また群れで行う種と単独で行う種がある。ヒヨドリなど昼間に群れで渡る小鳥もあるが、多くの小鳥は夜間に単独で渡る。ガンやカモは夜間に群れで、ツルは昼間に群れで、タカは昼間に単独で渡る。

[浦本昌紀]

渡りの高度と速度

近年のレーダーによる観測によれば、渡りの高度は以前考えられていたよりもかなり高いようである。多くは地上または海上1500メートル以下であるが、数千メートルという記録もある。もちろん、高い山脈を越えるときには、地上すれすれでも海抜高度は高い。

 渡りの速度には三つの意味がある。一つは対気飛行速度で、種によって異なるが時速30キロメートルから数十キロメートル程度である。二つ目は対地飛行速度で、これは追い風か向かい風かによって異なる。三つ目は旅行の速さで、これは一度に飛び続ける時間と、休息の回数と日数によって異なるが、この飛行と休息のパターンは種によって、天候によって、また春と秋とでそれぞれ異なる。速いものでは8日で5000キロメートル余りという記録がある。もちろん広い海を一気に越えなければならないときは休息なしに飛び続け、40~50時間で2000~3000キロメートルと考えられる場合もある。しかし、普通の渡り旅行はもっとずっと遅い。

[浦本昌紀]

渡りのルート

渡りのルートが遺伝的に決まっているかどうかはしばしば論じられてきたが、現在では、種によって一定の渡りの方向が決まっているだけで、ルートが一定しているようにみえるのは主として地形の影響であると考えられている。この方向と渡りの距離、つまりどれだけ旅行したら渡りが終わるかがどのようにして決まってきたのか、これは渡りの起源つまり進化の問題であるが、現在それについてはっきりしたことは何もわかっていない。

[浦本昌紀]

渡りの生理と航法

渡りの仕組みに関しては、二つの問題がある。一つは渡りの生理で、一定の時期に渡りが行われるのはどのような生理的仕組みによるのかである。これは、温帯の鳥については日長の季節変化が下垂体の活動に影響を与え、そこから分泌されるホルモンの働きによって生理状態が変化する、という過程が基本であることがわかっている。しかしこれはあくまでも基本であって、詳細は不明な点が多い。また、日長変化のほとんどない熱帯地方での問題はまだはっきりしていない。もう一つは渡りの方向をどうやって知るのかである。これについては1950年代から太陽または恒星を手掛りにしているとする天体航法説が提唱され、だいたいにおいて認められてきたが、それだけでは説明できない事実もある。近年になって、地磁気を手掛りにしている可能性を示す研究が現れているが、これはまだ広く受け入れられてはいない。

[浦本昌紀]

『桑原万寿太郎著『動物と太陽コンパス』(岩波新書)』

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百科事典マイペディア 「渡り」の意味・わかりやすい解説

渡り【わたり】

鳥類のあるものが繁殖地と越冬地の間を毎年決まった季節に移動すること。動物の行う季節移動として,魚や海生哺乳類の回遊とならんで最も顕著なもので,鳥類はこの季節移動のやり方によって渡り鳥漂鳥留鳥に分けられる。しかしある地域では留鳥である鳥が,他の地域では渡り鳥であるなど,渡りの性質は,すんでいる地域の緯度その他環境によっても異なる。一般に寒帯,温帯のものに顕著。渡りをひき起こす最大の外的要因は日照時間で,その他,湿度,温度なども関係する。内的要因としては生殖腺やホルモンの変化が大きな役割を果たしている。また渡りの際,針路決定については太陽コンパス生物時計が基本的な役割を果たし,そのほか星の位置や地磁気も補助的な役割を果たしていると思われる。なお,鳥類以外の動物,たとえばチョウなどについても渡りの例は知られている。
→関連項目鳥類

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「渡り」の意味・わかりやすい解説

渡り
わたり
migration

動物が遠く離れた地域間を季節的に往復することをいう。渡りは動物界に広くみられる現象であるが,特に鳥類においてよく発達している。一般に高緯度地方で繁殖する鳥に渡りをするものが多く,環境条件のきびしい冬の間を暖かい地方で過す。しかし,熱帯地方の鳥にも渡りをするものが多く,また繁殖後長距離の回遊を行うものもある。渡りの典型的な例は海を越えた長距離の移動であるが,同一地方内における比較的短距離の移動や,山地の鳥が冬季に低地に移るのも一種の渡りである。最長距離の渡りを行う鳥は,北極圏で繁殖し,南極圏で越冬するキョクアジサシである。渡りの習性が発達した原因は単一ではなく,またすべての鳥に同じではないであろうが,移動によるエネルギーの浪費と事故の危険の問題がなくなれば,季節的な環境条件の変化に応じて生息地を変えることはその種の生存に有利なことであるといえよう。

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世界大百科事典(旧版)内の渡りの言及

【移動】より

…ここにはさらに二つのものが含まれる。一つは,一生のある時期に定住地を変える移動(例えば鳥の渡り)であり,もう一つは新生個体の出生地から(最初の)定住地までの移動である。後者は植物や固着性動物にも見られるもので,分散dispersalまたは幼期分散natal dispersalまたは繁殖前分散と呼ばれる。…

【太陽コンパス】より

…動物がある時点の太陽の位置を基準として,体内の生物時計にもとづく時刻感覚により,太陽の動きを補正して一定の方位を知ることをいう。 多くの動物がどのようにして巣の位置を知るのか,渡り鳥はどのようにして適切な時季に正しい方角を目ざして飛べるのかというのは古くからの謎であったが,その定位の手段として太陽を用いていることが,近年いくつかの実験によって明らかにされた。いわゆる渡り鳥は籠で飼われても,渡りの時季になると〈渡りのいらだち〉を示す。…

※「渡り」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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