日本歴史地名大系 「女堀」の解説
女堀
おんなぼり
- 群馬県:総論
- 女堀
一二世紀中頃に、
上泉地先ないし程遠からぬ地点で古利根川(現在の桃木川・広瀬川)から揚水し、
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
一二世紀中頃に、
上泉地先ないし程遠からぬ地点で古利根川(現在の桃木川・広瀬川)から揚水し、
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
出典 株式会社平凡社百科事典マイペディアについて 情報
…このような荘園の開発領主として武士(在地領主)が各地に根をおろした。淵名荘の開発に関係すると推定される女堀という巨大な用水堀が,前橋市石関町から佐波郡東村西国定まで12kmにわたって掘られたが,なんらかの事情で工事途中で中断し,現在遺構が残っている(国指定史跡)。
[武士団の展開]
治承・寿永の内乱期に源頼朝に属した上野武士は鎌倉御家人,荘郷の地頭として各地に根をおろした。…
※「女堀」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
敵を欺くために、自分の身や味方を苦しめてまで行うはかりごと。また、苦しまぎれに考え出した手立て。苦肉の謀はかりごと。「苦肉の策を講じる」...