女性の歌舞伎(かぶき)俳優の称。江戸時代、男子禁制だった将軍家の大奥や諸大名の奥向きに招かれて歌舞伎を演じた女性たちを「お狂言師」とよんだ。彼女らは、囃子方(はやしかた)から道具方、付(つけ)打ちに至るまで、すべて女性だけで一座を組織していた。そのお狂言師が明治維新以後、女性ばかりの一座を組んで歌舞伎の興行を行った。その俳優を女役者とよんだ。かつて加賀藩のお抱えだったお狂言師坂東(ばんどう)三津江の弟子坂東桂八(けいはち)が、1868年(慶応4)春、外神田(そとかんだ)講武所跡の薩摩座(さつまざ)で岩井粂八(くめはち)と名のって女芝居を興行したのが早い記録である。粂八はその後9世市川団十郎の門に入り、市川粂八(のち久米八)と改名して活躍、「女団州(おんなだんしゅう)」とよばれて人気が高かった。これら女役者一座の歌舞伎は、神田の三崎座を本拠として行われたが、明治の中ごろを最盛期とし、以後しだいに衰退して関東大震災(1923)以後は姿を消した。中村歌扇(かせん)は、いわゆる女芝居が消滅して以後も、男優の小芝居に混じって活躍し、人気もあった。第二次世界大戦後、愛知県出身の少女たちによる「市川少女歌舞伎」という一座が生まれたが、とくに「女役者」の系統としてとらえられることはなかった。いまでは「女役者」のことばは、主として大衆演劇の女性俳優をさす普通名詞となっている。
[服部幸雄]
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
…主として東京神田三崎町の三崎座などを本拠として活躍。著名な女役者に,市川九女八(岩井粂八),中村仲吉(翠蛾),中村仲次,市川鯉昇,松本錦糸,中村歌扇らがあった。女ながらあらゆる役柄をこなし,腕のたつ人々が輩出したが,一つのジャンルとして確立しえぬまま滅んだ。…
※「女役者」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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