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如来教 にょらいきょう

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

如来教
にょらいきょう

新宗教。本部名古屋市熱田区旗屋町。教祖きの (1756~1826) 。もと如来宗といったが,長い間固有の教団名がなく幕末までその教えの内容から「このたび」と称されていた。享和2 (02) 年,宇宙の創造主如来が金毘羅大権現をつかわし,きのに乗移ったとして神がかりしたのを立教の日としている。教祖の無学,病直し,現世中心主義といった点に新興宗教の特徴的な性格をそなえており,黒住教天理教などの先駆といえる。本尊釈迦牟尼仏,教典はきのの説教集『御経様』,修行は曹洞禅の形式を取入れている。信者数約3万 3000。

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大辞林 第三版の解説

にょらいきょう【如来教】

尾張国熱田(現名古屋市)の農民出身の教祖一尊如来きの(1756~1826)が、1802年開教した民間宗教の一派。原罪意識、来世主義を中心とする。修行として座禅を重視することから明治以降曹洞宗に属したが、1946年(昭和21)独立。教祖の説教を集めた「お経様」を根本教典とする。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

如来教
にょらいきょう

尾張(おわり)国(愛知県)熱田(あつた)の農村女性、一尊如来(いっそんにょらい)きの(1756―1826)が開いた宗教。如来を全知全能の創造主、慈悲の神とする。すでに釈迦(しゃか)が説いた教えは全真理の六分で、残りの四分の教えを説くとし、如来は末法のすべての人間を救済するために金毘羅(こんぴら)を使者として、きのに遣わしたという。あらゆる人間を悪の種とする独自の原罪説にたち、人間は如来の慈悲にすがってのみ救われるとし、如来の前では人間はすべて平等であると説いて、下積みの民衆の救済を求め続けた。如来教は幕末に尾張藩の禁圧を受け、国家神道(しんとう)体制下では曹洞(そうとう)宗に属して、仏教化した。この1世紀半近い受難のもとで、如来教は閉鎖的な小教団となり、教典「お経様」は教内ですら厳重に秘匿され、近年まで幻の教典となっていた。本部は愛知県名古屋市熱田区旗屋にあり、青大悲寺を本山とする。寺院数34、布教所数1、教師数11、信者数2982(『宗教年鑑』平成26年版)。[村上重良]
『村上重良校注『お経様――民衆宗教の聖典・如来教』(平凡社・東洋文庫)』

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