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妹尾義郎 せのお ぎろう

デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

妹尾義郎 せのお-ぎろう

1889-1961 大正-昭和時代の社会運動家。
明治22年12月16日生まれ。本多日生(にっしょう)に師事し,大正8年大日本日蓮(にちれん)主義青年団を結成。昭和6年仏教界と社会の改革をめざす新興仏教青年同盟を組織。戦後,平和推進国民会議事務局長などをつとめた。昭和36年8月4日死去。71歳。広島県出身。第一高等学校中退。著作に「光を慕ひて」「社会変革途上の新興仏教」など。

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百科事典マイペディアの解説

妹尾義郎【せのおぎろう】

日蓮主義の実践的仏教者。広島県生れ。第一高等学校を退学した1909年頃,法華経に触れ,1916年日蓮主義鑽仰会を結成。1918年上京して本田日生の道場に参加,1919年に大日本日蓮主義青年団を結成,1920年機関誌《若人》を発行。

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世界大百科事典 第2版の解説

せのおぎろう【妹尾義郎】

1889‐1961(明治22‐昭和36)
日蓮主義の実践的仏教者。広島県比婆郡東城町に生まれた。第一高等学校に入学したが,1909年結核や家業の醸造業衰退のため退学,町内の法華経信者松崎久太郎に出会い入信した。16年同町で日蓮主義鑽仰会を結成,18年上京し本田日生の道場統一閣に加入した。翌19年11月大日本日蓮主義青年団を結成し,20年機関誌《若人》を発行,ついで東北伝道や朝鮮,中国などへ遊説した。昭和初年から政治や社会の方面に目を向け,立正安国の現代的な実現をめざし,〈昭和維新〉を志向した。

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大辞林 第三版の解説

せのおぎろう【妹尾義郎】

1889~1961) 仏教運動家。広島県生まれ。私有なき共同社会を唱え資本主義を批判、1931年(昭和6)新興仏教青年同盟を結成。戦後は日中・日朝友好に尽力。

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世界大百科事典内の妹尾義郎の言及

【新興仏教青年同盟】より

…既成仏教宗団の革新と資本主義社会の変革を目ざして結成され,戦時下に反ファッショ運動を行った仏教徒団体。1919年,大日本日蓮主義青年団を結成して人道主義的社会運動をおこした妹尾義郎(せのおぎろう)は,31年4月同志とともに青年団のなかから新興仏教青年同盟(仏青)を組織した。仏青は恐慌下の大衆の窮乏化,侵略戦争開始による社会不安増大のなかで既成宗団の腐敗を批判し,宗派を超えて仏教者に新鮮な影響をあたえた。…

※「妹尾義郎」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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