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孫秉熙 そんへいき Son Pyŏng‐hǔi

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世界大百科事典 第2版の解説

そんへいき【孫秉熙 Son Pyŏng‐hǔi】

1861‐1922
朝鮮の天道教の創始者で,三・一独立運動の指導者の一人。号は義庵。忠清南道清州の人。1894年の甲午農民戦争に参加し,98年に崔時亨(さいじこう)が刑死したあと東学の第3代教主となる。日本へ亡命し東学再興に意を尽くしたが,日露戦争の際李容九らが東学を基盤に一進会を組織して日本軍に協力すると,これに反対して東学を天道教と改称,翌年帰国して教団を整備・確立した。1907年には教主を退き,学校や講習所を経営して啓蒙活動にあたり,日本の植民地支配下で教勢の拡大につとめた。

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All Rights Reserved. Copyright (C) 2015, Hitachi Solutions Create,Ltd. 収録データは1998年10月に編集製作されたものです。それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。また、本文中の図・表・イラストはご提供しておりません。

世界大百科事典内の孫秉熙の言及

【高麗大学校】より

…1905年内蔵院卿李容翊(りようしよう)が〈人材を教育しもって国権を復さん〉がために設立した普成学校に始まる。10年孫秉熙(そんへいき)が引き継ぎ15年普成法律商業学校,21年普成専門学校となり法・商科を置く。32年金性洙が引き継ぎ財団中央学園を確立,みずから校長として運営に努め〈第二の民立大学運動〉とうたわれた。…

【天道教】より

東学を継承する朝鮮の一宗教。甲午農民戦争に敗北し教主崔時亨(さいじこう)が処刑された(1898)あと,東学の第3代教主孫秉熙(そんへいき)は日本に亡命していたが,国内の事務をまかされていた李容九らは日露戦争の際一進会をつくって教徒を日本軍に協力させた。これに反対した孫は,1905年12月,東学の正統を受け継ぐ宗教として天道教を宣布,翌年帰国して教団組織の確立を図った。…

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