コトバンクはYahoo!辞書と技術提携しています。

宇田荻邨 うだ てきそん

5件 の用語解説(宇田荻邨の意味・用語解説を検索)

美術人名辞典の解説

宇田荻邨

日本画家。三重県生。名は善次郎。菊池芳文・契月に師事。四条派を基礎に大和絵を研究、清澄で古典的な品格のある作風を展開する。また私塾白申社を創立、後進の指導、育成にあたる。芸術院会員。勲三等瑞宝章受章。昭和55年(1980)歿、83才。

出典|(株)思文閣
美術人名辞典について | 情報

百科事典マイペディアの解説

宇田荻邨【うだてきそん】

日本画家。三重県生れ。本名善次郎。1917年京都市立絵画専門学校卒。菊池契月の門に学ぶ。第1回帝展から連続入選。典型的な京都派画人で,伝統的な花鳥・風景画に柔らかい情趣を盛る。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト
百科事典マイペディアについて | 情報

デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

宇田荻邨 うだ-てきそん

1896-1980 大正-昭和時代の日本画家。
明治29年6月30日生まれ。菊池芳文,菊池契月に師事。大正15年の帝展で「淀の水車」が特選となり,昭和2年帝国美術院賞。4年から母校京都市立絵画専門学校(現京都市立美大)でおしえた。一貫して京都を題材としてえがきつづけた。36年芸術院会員。昭和55年1月28日死去。83歳。三重県出身。本名は善次郎。作品はほかに「山村」「祇園の雨」「鴨川の夕立」など。

出典|講談社
デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて | 情報 凡例

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

宇田荻邨
うだてきそん

[生]1896.6.30. 三重
[没]1980.1.28. 京都
日本画家。本名善次郎。 1917年,京都市立絵画専門学校を卒業,菊池契月に師事。 26年第7回帝展出品の『淀の水車』 (大倉文化財団) が特選となり,帝国美術院賞受賞。 28年以後しばしば帝展審査員となる。

本文は出典元の記述の一部を掲載しています。

出典|ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について | 情報

日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

宇田荻邨
うだてきそん
(1896―1980)

日本画家。本名善次郎。三重県松阪市の生まれ。1913年(大正2)菊池芳文(ほうぶん)に入門。翌14年京都市立絵画専門学校別科に入学。17年に卒業。また18年芳文が亡くなると菊池契月(けいげつ)に師事した。19年第1回帝展に『夜の一力(いちりき)』が初入選、26年には『淀(よど)の水車』で帝国美術院賞を受賞した。初期の浪漫的な表現から古典的な大和絵(やまとえ)の装飾画風へ進み、さらに清澄で堅固な画境を築き上げた。50年(昭和25)から64年まで京都市立美術大学教授。61年に日本芸術院会員に推された。[原田 実]

出典|小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)
日本大百科全書(ニッポニカ)について | 情報 凡例

今日のキーワード

百条委員会

地方自治体が議決により設置する特別委員会の一つ。名称は「地方自治法第100条」に基づく。百条委員会は、地方公共団体の事務に関する調査を行い、関係者への聞き取りや記録の提出を請求、拒否した者には罰則が科...

続きを読む

コトバンク for iPhone