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菊池契月 きくち けいげつ

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美術人名辞典の解説

菊池契月

日本画家。長野県生。内海吉堂に南画を学ぶ。のち四条派の菊池芳文に師事し、その養子となる。大和絵の古典的画法を基礎に、風格ある人物画を残した。また菊池塾を設立し、後進の指導にあたる。京都絵専教授・校長。昭和30年(1955)歿、77才。

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デジタル大辞泉の解説

きくち‐けいげつ【菊池契月】

[1879~1955]日本画家。長野の生まれ。旧姓は細野、本名、完爾。児玉果亭に学び、京都に出て菊池芳文に師事。円山四条派の写生風に大和絵の手法を加えた古典的風趣の歴史人物画を描き、初期文展以来、京都画壇で指導的立場に立った。

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百科事典マイペディアの解説

菊池契月【きくちけいげつ】

日本画家。旧姓細野,本名完爾。長野県生れ。初め南画を児玉果亭に学び,のち京都で菊池芳文に師事,その養子となった。四条派の写実的傾向に大和絵仏画浮世絵などの伝統的技法を融合して洗練された表現をみせる。
→関連項目宇田荻邨

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

菊池契月 きくち-けいげつ

1879-1955 明治-昭和時代の日本画家。
明治12年11月14日生まれ。菊池一雄,隆志の父。菊池芳文(ほうぶん)の養子。文展で7回受賞。四条派に大和絵の技法もくわえた歴史画,人物画で知られる。昭和7年京都市立絵画専門学校長。芸術院会員。昭和30年9月9日死去。75歳。長野県出身。旧姓は細野。本名は完爾(かんじ)。作品に「供灯(ぐとう)」「鉄漿蜻蛉(おはぐろとんぼ)」。

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世界大百科事典 第2版の解説

きくちけいげつ【菊池契月】

1879‐1955(明治12‐昭和30)
日本画家。長野県中野市生まれる。旧姓細野,本名完爾。はじめ児玉果亭に南画を学んだが,1896年京都に出て南画家の内海立堂に,ついで四条派の菊池芳文(1862‐1918)に師事した。1906年芳文に認められて女婿となり菊池姓を名乗る。しだいに四条派を脱却し,大らかな師風の上に大和絵や漢画を加味して,秀麗な鉄線描の作品を描いた。とくに13年の文展に出品の鉄線描による《鉄漿蜻蛉》(東京国立近代美術館)で頭角を現した。

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大辞林 第三版の解説

きくちけいげつ【菊池契月】

1879~1955) 日本画家。長野県生まれ。旧姓、細野。本名、完爾。菊池芳文に師事しその嗣子となる。四条派の様式を基礎とした大和絵の古典的画法による典雅な画風を築く。代表作「立女」「供灯」など。

出典|三省堂
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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

菊池契月
きくちけいげつ

[生]1879.11.14. 長野,中野
[没]1955.9.9. 京都
日本画家。本名は完爾,旧姓は細野。京都に出て内海吉堂に師事,のち四条派の菊池芳文に学び,菊池家を継いだ。 1898年新古美術品展,1903年内国勧業博覧会で受賞。文展では第1回展以来連続入賞し審査員となる。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

菊池契月
きくちけいげつ
(1879―1955)

日本画家。長野県に生まれる。本名細野完爾(かんじ)。初め児玉果亭に師事したが、画家になることを家人に反対され、1896年(明治29)に出奔、京都に出て南画家内海吉堂に師事した。やがて師の計らいで四条派の菊池芳文(ほうぶん)に入門、芳文の長女アキと結婚してその家を嗣(つ)いだ。98年、新古美術品展に出品して受賞、1907年(明治40)の第1回文展では『春暖』が受賞した。以後文展に毎回出品して受賞を重ね、18年(大正7)に審査員になった。22年に渡欧、翌年帰国。25年に帝国美術院会員、34年(昭和9)には帝室技芸員になった。また1910年から36年まで京都市立絵画専門学校で後進の指導にあたり、校長も務めた。49年、日本芸術院会員。
 大和絵(やまとえ)の古典的な技法を基にしながら新しいくふうを加え、静穏ななかに浪漫(ろうまん)的な情趣を漂わせる作風は独特で、『供燈(ぐとう)』『鉄漿蜻蛉(おはぐろとんぼ)』『立女(りつじょ)』『南波照間(はいはてるま)』などがよく知られている。彫刻家菊池一雄は長男。[原田 実]

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