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守屋多々志 もりや ただし

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美術人名辞典の解説

守屋多々志

日本画家。岐阜県生。東美校卒。人物画を能くする。文部大臣賞受賞。日本美術院同人。神奈川県に住した。平成15年(2003)歿、91才。

出典|(株)思文閣
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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

守屋多々志 もりや-ただし

1912-2003 昭和-平成時代の日本画家。
大正元年8月10日生まれ。前田青邨(せいそん)にまなぶ。昭和16年院展に初入選,52年「駒競(こまくら)べ」で文部大臣賞,60年「愛縛清浄」で内閣総理大臣賞。平成8年文化功労者。13年文化勲章。歴史画で知られ,法隆寺金堂,高松塚古墳の壁画の再現・模写にもつくす。愛知県立芸大教授をつとめた。平成15年12月22日死去。91歳。岐阜県出身。東京美術学校(現東京芸大)卒。本名は正。作品はほかに「継信忠信」「平家厳島納経」など。

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

守屋多々志
もりやただし

[生]1912.8.10. 岐阜
[没]2003.12.22. 東京
日本画家。歴史画の第一人者旧制中学校卒業後の 1930年に上京し,前田青邨 (せいそん) に師事。 1936年東京美術学校 (現東京芸術大学) を卒業。 1941年院展で『継信忠信』が初入選。 1954年からイタリアに2年間留学し,1967年に法隆寺金堂壁画の再現模写,1974年には高松塚古墳の壁画の保存模写にあたる。

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出典|ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
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