宋襄の仁(読み)ソウジョウノジン

  • そうじょう
  • そうじょうのじん〔ソウジヤウ〕
  • の 仁(じん)
  • 宋×襄の仁
  • 宋襄

デジタル大辞泉の解説

《「春秋左伝」僖公二二年から》無益の情け。つまらない情けをかけてひどい目にあうこと。襄公楚(そ)と戦ったとき、公子の目夷(もくい)がを敷かないうちに攻めようと進言したが、襄公が人の困っているときに苦しめてはいけないと言って敵に情けをかけたために負けてしまったという故事による。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

不必要な情けや哀れみをかけたために、かえって小ひどいめにあうこと。「宋の襄公の仁義」の意。中国、春秋時代に宋の襄公茲父(じほ)が楚(そ)との戦いに際して、「楚の布陣が完了しないうちに先制攻撃をかけよう」という公子目夷(もくい)の進言を、「君子は人が困っているときに苦しめてはならない」といって退け、ついに楚に敗れてしまったのを、世人が「宋襄の仁」といって笑った、と伝える『十八史略』「一」などの故事による。

[田所義行]

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精選版 日本国語大辞典の解説

(中国、春秋時代、宋と楚が戦った時、宋の襄公は先制攻撃の進言をしりぞけ、敵の布陣を待って戦って敗れたという「春秋左伝‐僖公二二年」に見える故事から) 無益のなさけ。役に立たないあわれみ。

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故事成語を知る辞典の解説

むやみに情けをかけたり、無意味な仁義だてをして、そのためにひどい目にあうこと。

[使用例] 物の哀れというのも安直な感傷や宋襄の仁を意味するものでは決してない[寺田寅彦*俳諧の本質的概論|1932]

[使用例] 欧米市場の機関投資のやり口を見ていると、公社債回収はいささか宋襄の仁の観がありますがね[小松左京*日本沈没|1973]

[由来] 「春秋左氏伝こう二二年」に記録されているできごとから。紀元前六三八年、中国の春秋時代。そうという二つの国が、ある川のほとりで戦うことになりました。宋軍はすでに陣を構え終えましたが、楚の軍はまだ川を渡っている途中。攻撃の絶好のチャンスです。しかし、大臣が進言しても、宋の君主、じょうこうは攻撃命令を出しません。楚軍が川を渡り終えても、襄公はまだ動かず。川を渡ったために乱れた隊列を、楚軍が整え直したところで、ようやく攻撃開始。その結果、宋軍は手痛い敗北を喫してしまったのでした。そのことを人々が非難すると、襄公は、「君子の軍隊は、隊列の整っていない敵に攻め込みはしないものだ」と答えたということです。

[解説] ❶敵の態勢が整うまで待って戦い、それで勝てばかっこいいのですが、この話の襄公は、ぼろ負け。現在でも、愚かな行為を笑う場合に多く使われます。❷ただ、このとき、襄公は自分のことを「亡国の余」だとも言っています。彼は、かつては隆盛を誇り、この時から四〇〇年くらい前に滅ぼされた、いん王朝の王族の末裔。正々堂々とした戦い方にこだわったのは、貴い血を引いているのだというプライドがあったからなのでしょう。

〔異形〕宋の襄公の思いやり。

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