宜昌(読み)ギショウ

世界大百科事典 第2版の解説

ぎしょう【宜昌 Yí chāng】

中国,湖北省西部,長江(揚子江)の北岸に臨む都市。人口50万(1994)。2市,5県,2自治県を管轄する。鴉宜鉄道(鴉雀嶺~宜昌)で焦柳鉄道(焦作~柳州)に連結する。春秋戦国時代の楚の地である。漢代に夷陵県がおかれ,清代に東湖県,1912年に宜昌県に改められた。49年に県の市街区と近郊をもとに宜昌市が設置された。三峡の東口を占め,四川盆地に出入りする〈のどくび〉に当たっているため,昔から交通・軍事上の要衝として〈川(四川)・鄂(湖北)ののど〉と称せられる。

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大辞林 第三版の解説

ぎしょう【宜昌】

中国、湖北省西部の長江中流北岸にある河港都市。三峡の東口で、四川・湖北両省の水陸交通の要地。イーチャン。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

宜昌
ぎしょう / イーチャン

中国中部、湖北(こほく)省西部の地級市。5市轄区、3県、2自治県を管轄し、3県級市の管轄代行を行う(2016年時点)。人口400万4000(2014)。長江(ちょうこう)(揚子江(ようすこう))に沿い、三峡(さんきょう)の西陵峡の出口に位置する。西は巫山(ふざん)山脈を負い、東は江漢(こうかん)平原を望む。湖北、四川(しせん)両省を結ぶ長江水運の要地で、1988年には長江を横断して葛洲(かっしゅうは)ダムが建設された(出力271万キロワット)。焦柳線(焦作(しょうさく)―柳州(りゅうしゅう))、2012年開通の漢宜高速鉄道(武漢(ぶかん)―宜昌)が通じ、市街近郊には1996年開港の宜昌三峡空港がある。漢代に夷陵(いりょう)県を置き、明(みん)代に夷陵州治、清(しん)代に宜昌府治となり、東湖(とうこ)県と改称した。1912年宜昌県となり、1949年県治とその周辺地区に市制を施行した。
 鉄鋼、機械、電子、化学、軽工業、建築材料などの工業が発達する。また四川省に入る咽喉(いんこう)を阨(やく)し、長江はここより上流は3000トン級の汽船しか遡航(そこう)できないため、長江水運の積替え港として商業活動が盛んであり、清末に芝罘(チーフ)条約により開港場とされた。葛洲ダムには閘門(こうもん)が設けられている。さらにやや上流の三斗坪(さんとうへい)には中国最大の三峡ダムが2009年に完成し、発電容量が飛躍的に増大したほか、水位の上昇により大型の船の遡航が可能となり、輸送力は大幅に増強された。市中北部の夷陵区は米、小麦、トウモロコシ、ワタ、ラッカセイ、茶、柑橘(かんきつ)類を産し、漢方の薬材も豊富である。
 名勝・旧跡には白果樹滝、葛洲ダム、三国時代に行われた夷陵の戦いの古戦場などがある。[河野通博・編集部]

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精選版 日本国語大辞典の解説

ぎしょう ギシャウ【宜昌】

中国湖北省の西部、長江に臨む都市。難所、三峡の東口を占め、古来、交通・軍事上の要地として重視され、長江沿岸有数の貿易港となっていた。

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