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宜昌 ギショウ

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デジタル大辞泉の解説

ぎしょう〔ギシヤウ〕【宜昌】

中国湖北省西部、揚子江北岸の河港都市。三峡の東の入り口に当たる。商業や鉄鋼・機械工業が盛ん。イーチャン

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百科事典マイペディアの解説

宜昌【ぎしょう】

中国,湖北省西部,長江北岸の都市。三峡の東口に当たり,河口からこの地までは大型船舶の航行が可能で,四川省への門戸をなす。1876年開港。1988年,同市近くの長江に中国最大の水利施設,葛洲【は】(かつしゅうは)ダムが完成した。

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世界大百科事典 第2版の解説

ぎしょう【宜昌 Yí chāng】

中国,湖北省西部,長江(揚子江)の北岸に臨む都市。人口50万(1994)。2市,5県,2自治県を管轄する。鴉宜鉄道(鴉雀嶺~宜昌)で焦柳鉄道(焦作~柳州)に連結する。春秋戦国時代の楚の地である。漢代に夷陵県がおかれ,清代に東湖県,1912年に宜昌県に改められた。49年に県の市街区と近郊をもとに宜昌市が設置された。三峡の東口を占め,四川盆地出入りする〈のどくび〉に当たっているため,昔から交通・軍事上の要衝として〈川(四川)・鄂(湖北)ののど〉と称せられる。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

宜昌
ぎしょう / イーチャン

中国、湖北(こほく/フーペイ)省西部の地区級市で3市4県2自治県を管轄する。総人口(所轄市、県を含む)397万4921、市轄区人口60万1897(2000)。長江(ちょうこう/チャンチヤン)(揚子江(ようすこう/ヤンツーチヤン))に沿い、三峡(さんきょう/サンシヤ)の西陵峡の出口に位置する。西は巫山(ふざん/ウーシャン)山脈を負い、東は江漢平原を望む。湖北、四川(しせん/スーチョワン)両省を結ぶ長江水運の要地で、焦枝(しょうし)鉄道の支線が通じる。長江を横断して葛州(かっしゅうは)ダムが建設された(出力271万キロワット)。漢代に夷陵(いりょう)県を置き、明(みん)代に夷陵州治、清(しん)代に宜昌府治となり、東湖県と改称した。1912年宜昌県となり、1949年県治とその周辺地区に市制を施行した。鉄鋼、機械、電子、化学、軽工業、建築材料などの工業が発達する。また四川省に入る咽喉(いんこう)を阨(やく)し、長江はここより上流は3000トン級の汽船しか遡航(そこう)できないため、長江水運の積替え港として商業活動が盛んであり、清末には開港場とされた。葛州ダムには閘門(こうもん)が設けられている。さらにやや上流の三斗坪(さんとうへい)には2009年に中国最大の三峡ダムが完成し、発電容量が飛躍的に増大したほか、水位の上昇により大型の船の溯航が可能となり、輸送力は大幅に増強された。市周辺の宜昌県は米、小麦、トウモロコシ、ワタ、ラッカセイ、茶、柑橘(かんきつ)類を産し、漢方の薬材も豊富である。[河野通博]

出典|小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)
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