日本大百科全書(ニッポニカ) 「三峡ダム」の意味・わかりやすい解説
三峡ダム
さんきょうだむ
長江(ちょうこう/チャンチヤン)(揚子江(ようすこう))上流の景勝地である三峡に建設された多目的の重力式コンクリートダム。建設計画は1919年に孫文(そんぶん/スンウェン)が提唱し、新中国建国後、毛沢東(もうたくとう/マオツォートン)が推進した。1950年代にソ連の援助で現地調査が行われたが、その後の文化大革命などで政治、社会の混乱が続き着工が大幅に遅れた。1992年4月の第7期全国人民代表大会で正式に着工が決まり、翌1993年に建設が開始され、2009年に完成した。堤高185メートル、堤長2309メートル、総貯水量約400億立方メートル、年間平均発電量は約850億キロワット。建設のために立ち退いた住民の数は約130万人とされる。計画当初の総予算は570億元であったが、その後、工事費などが膨らみ約1800億元に達した。内陸部の電力の確保、洪水の防止、長江上流への大型船舶の航行を可能にするなどの利点があるが、文化財・遺跡の多くが水没したことや、地域の生態系への影響など多く問題が指摘されている。
[矢板明夫 2016年7月19日]