日本大百科全書(ニッポニカ) 「実験医学序説」の意味・わかりやすい解説
実験医学序説
じっけんいがくじょせつ
フランスの生理学者C・ベルナールの著作。1865年刊。原題はIntroduction à l'étude de la médecine expérimentale。R・L・C・ウィルヒョウの『細胞病理学』、C・ダーウィン『種の起原』とともに、19世紀の医学・生物学の重要な古典の一つ。「実験的推理」「生物における実験」「生命現象の研究に対する実験的方法の応用」の3部からなっている。
第1部では、実験は科学者と自然との間に行われる対話である。観察された事実が構想(仮説)を生み、この構想のうえに推理し実験し、その結果を観察して仮説を修正する。こういう手続によって現象のおこる条件(原因)を解明することが科学の目的であるとし、第2部では、因果の秩序(デテルミニスム)は、無生物におけると同じように生物の世界にも成り立っている。ヒトや高等動物の生理・病理の条件は複雑であり、とくに、細胞を取り巻く内界(内部環境)への十分な顧慮が必要であるが、終局的には、生体の現象も物理・化学的な諸条件に帰着する、と述べ、第3部では、膵液(すいえき)の脂肪消化作用、肝臓のグリコーゲン生合成など、彼の業績が、第1、第2部の裏づけとして追想される。さらに、病理学、治療学が、経験ではなく、実験的デテルミニスムを基礎としなければならない、と説く。
本書はフランスの思想界に大きな影響を与え、その一つとしてE・ゾラの自然主義小説を生んだ。H・ベルクソンは、本書をデカルトの『方法序説』に並ぶものとした。
[梶田 昭]
『三浦岱栄訳『実験医学序説』(1961・東京創元社)』