家族政策(読み)かぞくせいさく

改訂新版 世界大百科事典 「家族政策」の意味・わかりやすい解説

家族政策 (かぞくせいさく)

家族の経済的ならびに社会的な状況の改善のために,国家が家族の形成に影響を及ぼす諸措置の総体をさす。家族政策は,家族問題を中心の核とした総合的性格をもち,その範囲も広範にわたるのでその体系化は難しい。家族政策Familienpolitikという言葉は,ドイツではすでに早く1918年ごろから人口政策とのかかわりで用いられた。60年代以降は,西ドイツを中心としたヨーロッパ諸国で,研究上も政策上も重視されてきているものの,いまだに,どの国でもその体系化は完成していない。それにもかかわらず今日,現代社会と家族の構造的変化に対して,現代国家は家族問題を中心に,なんらかの総合的施策の必要に迫られている。だが,具体的な家族政策は,各国の社会状況と家族の諸条件の変化とに関連して定められるから,その内容,実施機関なども一定ではない。ただし,その傾向として家族政策を,国家社会にとって最適な家族の適応障害を除くための包括的な政策を考える国(ドイツ,フランス,イタリアなど,および社会主義諸国)と,個人を保護の対象とした政策の結果が家族に影響を及ぼすと考える国(アメリカ)とがある。前者は,憲法に家族を直接保護の対象とする〈家族保護条項〉を有する。また,家族政策の総合的推進の必要上,国家機構のなかに名称はさまざまだが家族問題を専管する機関を設けている場合も多い(ドイツの少年・家族および衛生省,その他オーストリア,フランス,ベルギーなど)。

家族政策が今日クローズ・アップされてきた背景には,高度に産業の発達した社会における都市化,高齢化,核家族化の進展に伴う家族の脆弱(ぜいじやく)化と国家的統合の弛緩が,社会体制の崩壊につながるとの政策主体の危機感の反映がある。とくに,資本主義国家においては,家族は労働力の日常的・世代的再生産の役割を果たす唯一の団体であり,また体制的イデオロギーを世代的に継承させる体制の安定装置である。したがって,現代国家は,まず資本主義再生産の条件の維持・拡大のために,つぎに現代国家体制の秩序を維持するために,体制に適応した家族の形成に障害となるさまざまな条件を積極的に除去しなければならない。ここに資本主義における家族政策の本質がある。

 さて,社会主義国における家族政策は,その存在の根拠を私的所有の維持におくものではない。しかし社会主義国では,家族は社会主義社会の基礎単位であり,社会主義的人間共同体とその願望,目的および利益を共有する。またそれゆえに社会主義の家族法と家族政策では,何よりも,社会主義を維持する責任と道徳が強調される。また,家族法の民法領域からの分離に見られるように,家族問題は第一に国家の公的な領域の問題とされている。このような国家・公権力の家族への無制限な介入は,資本主義国家とは違った意味で国家に対する〈家族と個人の自由〉にかかわる重要な問題を内在するといえよう。

労働力の世代的再生産を支える政策は,家族政策に限らない。たとえば人口政策は,移民のように,必ずしも家族という単位で行う政策ではない。たしかに家族計画に基づく出生の増加・抑制政策(受胎調節指導・母体保護法(旧優生保護法))は,家族を対象とする人口政策である。だがこれも,夫婦の愛情,育児への親の熱意などの情緒的部分は家族それ自体の問題で,人口政策はそこまでは踏み込んではならない。さらに,労働力の日常的再生産は,主として家族の日常生活の場において行われる。このような家族の日常生活は,高度に発展した資本主義の構造的矛盾を受けて,絶えず貧困,環境汚染,人間疎外,家族崩壊などの緊張と歪みを生じている。この問題の多くは,社会保障・社会福祉政策の対象となるであろう。とくに個人が生活困難に陥った場合に,脆弱化している家族集団が行える相互扶助は,きわめて限られている。しかも,家族を超えた親族や地域社会の援助に対しても,今日,ほとんど十分なことは望めない。どうしても,公的な援助・扶助に頼らざるをえない。しかし,仮に公的援助・扶助が十分に行えたとしても,家族の精神的側面での相互依存性は大きい。本来,日常的労働力の再生産は,精神的・文化的な知的労働力の再生産も含むべきである。これの多くの部分が,日々の家族生活と重なり合っているから,社会保障・社会福祉政策のみでカバーできるものではない。その他,今日,公教育が十分に普及した状況においても,政策主体にとって,最終的に生活規範を内面化し,社会に適応可能な人間の育成にもっとも力のあるのは家族=家庭である。他方で,個性豊かで創造的な人間の育成も本質的には,体制の期待とは別に,家庭内の教育に負うところが大きい。このように,家族を対象とした個別政策のみでは限界がある。そこに資本主義体制の家族政策が担う独自性の根拠も存在するのである。

(1)ドイツ 1919年のワイマール憲法は,世界最初の具体的な家族政策を規定した憲法である。同憲法は,〈婚姻は,家族生活および民族の保持増殖の基礎〉(119条)として保護を受けることを謳い,具体的にも〈家族の社会的助長〉のために,〈住居や多子家族の需要を満たす家産の保護〉(155条)などの家族政策を例示している。これら家族保護条項はその後,1946年のフランス第4共和国憲法,1948年のイタリア共和国憲法などの資本主義諸国の憲法に,家族政策の根拠を示す規定の先例として大きな影響を与えている。また,すべての社会主義国においても国家体制の維持に必要な家族の保護を憲法に規定する。ワイマール憲法は,国家成員の増殖を担う家族が,婚姻によって作られるから,国家が保護すべきであり,その具体的手段が家族政策であるとする。これに対し,1949年のボン憲法第6条第1項は,〈婚姻および家族は,国家秩序の特別の保護をうける〉とする。ここでは,婚姻と家族は,並立して基本的人権の内容とされており,無条件で国家の保護の対象となっている。このことは公法・私法を問わず国家権力による婚姻と家庭への侵害の禁止を意味する。さらに20条1項の社会的連邦国家の宣言にもとづいて,特別に子どもの多い家族のために,財政援助その他の経済的助成措置についての国民の具体的な法律上の請求権を保障している。このことは生存権的社会権を第一義とする社会福祉国家理念の帰結である。

(2)日本 日本国憲法は家族に関して,ボン憲法のような規定のしかたをしていない。日本国憲法制定時には,ワイマール憲法のような条項の採用が,GHQ内部と社会党婦人議員を中心とした勢力から主張された。しかし政府は婚姻生活を,〈個人の尊重〉と〈両性の本質的平等〉(24条)という自由権的保障にとどめ,25条はプログラム規定とした。そもそも民主的家族の育成は,家族という人間生活の基礎的な場で具体的に保障されねばならない。そのためには24条のみならず生存権的社会権を規定した25条も必要である。さらに公共の福祉の名による国家権力の家族生活への侵害の禁止と個人の幸福追求を保障した13条を,併せて家族政策の根拠にする学説もある。この場合,国家は社会権的生存権実現の追求を第一義としなければならない。すなわち,国家は,財産権の自由を公共の福祉の名において制限し,家族生活の維持発展に奉仕する家族政策の社会権的生存権の側面を強化しなければならない。このことは家族政策の法的根拠を憲法だけでなく,世界人権宣言(12,16,22,23,25条)および国際人権規約(A規約10条,B規約23条)を併せて,〈家族に関する人権〉((1)家族ないし家庭生活に対する不当な干渉を排除する自由権,(2)民主的な家族ないし家庭の建設に対する権利,(3)家族ないし家庭の維持のための物的保障に対する権利)を主張する考えでは,より具体的であろう。このほかヨーロッパ人権保護条約およびヨーロッパ社会憲章を家族政策の法的根拠に援用している国(オーストリアなど)も,自国の家族政策について同じような考え方に立つと見られる。

戦後改革の家族像は,憲法24条に見られるような〈夫婦と未成熟子を中心とした近代小家族〉観に,民法上の〈直系血族関係を中心とする同居親族の集団〉(民法730条)が加わることで,二つの魂を持って発足した。前者から〈家〉制度に代わる社会的安定装置として〈現実の家族=世帯を社会保障の全面的充実で強化〉(1950年,社会保障制度審議会勧告)することを,後者から〈社会保障制度の充実は最小限とし,世帯への依存を高める〉(1954年,自民党憲法調査会)という趣旨の両極の路線が出てきた。これが実務では,1950年の住民登録法と51年の新生活保護法の〈親族扶養優先原則〉および世帯単位原則により世帯扶養共同体が,〈家〉に代わって登場し,後者の路線に乗ることになる(扶養)。高度経済成長は,急速な労働力の都市への集中により,家族と地域社会の相互扶助の急激な崩壊をもたらした。かくて,65年ごろから改めて社会保障制度の充実が強調され,〈家族政策〉の萌芽がみられた。急速な都市化の進行は70年代に入ると,核家族さえ解体し,さらに核家族を支えるべきコミュニティの壊滅という重大な局面を現してきた。そこで政府は家族=世帯のいっそうの弱体化に対応して,国家権力により直接,個人を把握する方向を住民基本台帳法(1967)で示した。1970年代末には,都市のみでなく全国的規模での人間疎外,家庭内暴力などの進行に加えて高齢化社会の兆候が現実になり始めた。かくて国民の不満を緩和し,新しい国民統合を目ざす方向として日本型福祉社会が提示された。これは,老親扶養三世代家庭において,家庭責任を強調することで,できるだけ家族の社会保障代替機能に依存しようとするものである。今後,〈高齢化〉社会の急進に伴い,脆弱化した核家族で対応できない状況が確実に予測される以上,家族政策の人権の視点からの見直しが急務であろう。

現在,世界各国で行われている家族政策の系列のおもなものは,(1)社会的な所得再配分(家族手当,児童手当,年金制度など),(2)人口政策,(3)社会保障,社会福祉,(4)資本主義の高度発展に伴う中流市民の生活条件確保,(5)婦人政策と子の教育などである。(1)は,どの国も最初に着手する。(3)までは,各国により重点の差こそあれ(たとえば,(2)はとくにフランス,(3)はスウェーデンなど),標準的なものである。(4)は,中流的市民階層の家族生活を手厚く保護しようとするヨーロッパの家族政策の近年の傾向である。たとえば,持家住宅政策,年金高齢者施設の充実など。(5)は,最近の妻の就労の一般化から生じた傾向である。さらに,共働き家庭にとって必要な家族政策の見直しも主張されている。共働き家庭には,社会的には保育関係施設の充実および子の教育に関する施策のほか,妻の家事機能の代替が具体的に準備されねばならない。現状においても男=夫中心の家族観,役割構造などの検討はぜひとも必要である。抜本的解決には,とくに日本におけるように,男女を問わず私的領域も喪失させられるような就労の状態こそ問題であろう。

 そもそも体制にとって家族の安定の本質は,家族にイデオロギーと労働力再生産機能を十分に果たさせることにある。したがって現在のヨーロッパのように,出生率が低く高齢化率が高い状況では,家族政策は子どもの育成を第一に考えざるをえない。高齢化問題は当面の緊急課題であるが,現代国家にとって本質的には第二義的な問題である。具体的な家族政策の実行は,国家,地方公共団体のみならず,地域社会,宗教団体,さらには企業的なものまで含めて,関連諸団体と共同して取り組まざるをえないのが現実である。現代国家の家族政策は,これらの体制内諸団体の自己目的,利害に一面では制約されながら,究極的には,その目的を貫徹している。それは,国家のヘゲモニーのもとに家族に体制的イデオロギー再生産の維持・促進機能を担わせ,家族をして体制秩序維持の安定装置たらしめているかぎりにおいて,当然といえよう。
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