デジタル大辞泉 「国際人権規約」の意味・読み・例文・類語
こくさい‐じんけんきやく【国際人権規約】
[補説]社会権規約を国際人権A規約、自由権規約を国際人権B規約とも呼ぶ。B規約の第1選択議定書は人権侵害について個人が自由権規約委員会に直接救済を申し立てることができる個人通報制度について、第2選択議定書は死刑制度廃止について規定したもの。日本や米国などは自国の司法権の独立に影響が及ぶ可能性があるなどの理由から、これらの選択議定書には批准していない。
国際人権規約は、数ある国際人権条約のなかで、基本となる人権を包括的に定めた二つの条約(自由権規約と社会権規約)の総称である。正式名称は、自由権規約は「市民的及び政治的権利に関する国際規約」、社会権規約は「経済的、社会的及び文化的権利に関する国際規約」であり、日本では、自由権規約をB規約、社会権規約をA規約とよぶこともある。
国際人権規約は、「世界人権宣言」(1948年に国連総会で採択)を、法的拘束力のある条約とするために1966年に採択され、その後、必要な数の締約国を得て1976年に発効した。2023年10月時点の締約国数は、自由権規約は173か国、社会権規約は171か国である。
自由権規約は、市民的自由や政治的権利をすべての個人に保障している。それらは、生命や身体、表現などの社会活動、私生活、司法へのアクセス、政治的参加、平等などにかかわる人権を含んでいる。自由権規約には、付属条約として二つの選択議定書(第一選択議定書と第二選択議定書)がある。第一選択議定書(締約116か国)は、個人が救済を求めて自由権規約委員会に通報することを認め、また第二選択議定書(締約90か国)は、締約国に死刑制度の廃止を義務づける条約である。
社会権規約は、経済、社会、文化にかかわる権利をすべての個人に保障している。それらには、労働、社会保障、母性や子ども、生活条件と健康、文化的生活などにかかわる人権を含んでいる。社会権規約の付属条約である選択議定書(締約28か国)は、個人や集団が救済を求めて社会権規約委員会に通報することを認める条約である。
国際人権規約の締約国は、その管轄下にあるすべての個人に対して上記の権利を尊重し、保護し、充足させることが義務づけられる。かつては自由権規約の義務は即時的であるが、社会権規約の義務は漸進的であるとする機械的な二分論もあったが、現在では義務の性質は、権利の内容に応じて個々に決定すべきものと考えられている。
人権問題は、伝統的にはそれぞれの国家の国内問題とされ、他の国家や国際社会が批判することは国内問題への内政干渉だと考えられてきた。しかし国際人権規約を含む国際人権法の定着によって、人権が国家を超えた普遍的なものであることが承認され、各国の人権状況は国際社会の監視を受けることとなった。国際人権規約の締約国は、新しい国内立法や裁判所での適用を通じて、同規約のもとでの義務を実施することが求められており、そのことを通じて人権状況を国際水準に引き上げていくことも期待されている。
国際人権規約が課している国家の義務の履行を監視するために、独立の専門家による委員会(自由権規約委員会と社会権規約委員会)がそれぞれ設置されている。委員会には、そうした監視のために、(1)締約国から定期的に提出される報告書を審査し、必要な勧告を行う、(2)選択議定書に基づいて寄せられた個別の通報を審査し、違反の認定や勧告を行う、(3)それぞれの規約のもとでの締約国の義務の内容について解釈する一般的な文書を採択し、公表するなどの権限が認められている。そのようにして委員会が採択する文書は、それぞれ(1)総括所見、(2)見解、(3)一般的意見とよばれる。委員会が行う解釈や勧告に対し、多くの国家は、国際人権規約それ自体とは異なり、法的拘束力を認めていない。しかし履行監視の権限をもつ委員会の意見には、国家も無視できない権威が存在する。
日本は、国際人権規約の二つの条約をいずれも1979年(昭和54)に批准し、締約国となっている。他方で日本は、国際人権規約の選択議定書をいずれも批准していない。そのため、日本の管轄下にある個人は、国際人権規約の違反を訴えて委員会に通報することが、引き続きできない状況にある。
[東澤 靖 2023年12月14日]
『東澤靖著『国際人権法講義』(2022・信山社出版)』▽『申惠丰著『国際人権入門――現場から考える』(岩波新書)』
〈経済的,社会的及び文化的権利に関する国際規約〉(社会権規約またはA規約と呼ばれる。1976年1月3日発効),〈市民的及び政治的権利に関する国際規約〉(自由権規約またはB規約。1976年3月23日発効)ならびに自由権規約についての選択議定書(1976年3月23日発効)の三つの条約の総称。1966年12月16日国際連合第21回総会において,両規約は全会一致で,自由権規約についての選択議定書は,ソ連・東欧諸国が反対から棄権にまわり,賛成66,反対2,棄権38で,採択された。国際人権規約は,世界人権宣言とともに,国際連合が当初に予定した〈国際人権章典〉を構成し,第2次大戦後20年間の国連の人権分野での活動の総決算とでもいえるものであり,人権の国際的保障の分野で国際社会がうち建てた金字塔である。1997年9月末現在,社会権規約は日本を含む135ヵ国が当事国であり,自由権規約は同じく136ヵ国が当事国である。自由権規約選択議定書は88ヵ国が当事国であり,日本はこれを批准していない。
国際人権規約は,まず民族自決権を承認したほか,その保障する人権は,世界人権宣言に規定される人権にほぼ対応し,世界人権宣言の市民的・政治的権利が自由権規約に,また経済的・社会的・文化的権利が社会権規約に,それぞれ条約化された。条約化にあたり,いずれもより詳細に,精密に規定されたといえよう。世界人権宣言にある庇護(ひご)権や財産権などは姿を消し,新たに追加された重要なものとして少数者保護規定がある。国際人権規約の人権規定と日本国憲法の人権規定とを比較すると,全体的に概括的にいえば,国際人権規約は日本国憲法の人権規定を補完・補強するもの,少なくとも詳細に精密化し発展させるもの,と評価されよう。国民の人権保障の観点からは,国際人権規約が日本につき発効したことは実に画期的な意味をもっており,しかも,外国人に対しても十分に人権を保障することとなり,その意味でも,たいへんに重要なことである。なお,日本は,スト権の原則的付与,公休日の報酬,高等教育の漸進的無償化,の3点を留保しており,これらは日本に適用されない。
国際人権規約の履行を確保するため,国家に報告義務を課し,任意的申立制度が採用され,自由権規約についての国家からの報告は新設の規約人権委員会Human Rights Committee(自由権規約委員会,人権専門委員会,単に人権委員会とも訳す。ただし,世界人権宣言や国際人権規約の各草案を準備し,現在も活動している国連人権委員会Commission on Human Rightsとは別組織)が審議し,人権尊重の実をあげるべく努力している。社会権規約についての国家からの報告は国連経済社会理事会の決定によって政府専門家からなる会期間作業部会が審議してきたが,1985年の抜本的改正により個人資格で活動する18名の委員からなる社会権規約委員会(正式には経済的,社会的及び文化的権利に関する委員会Committee on Economic,Social and Cultural Rights)が1987年から審議している。
なお,1989年12月15日に国連総会は,自由権規約第6条において死刑廃止が望ましいことを強く示唆していることから,〈死刑の廃止をめざす,市民的及び政治的権利に関する国際規約の第2選択議定書〉(いわゆる死刑廃止条約)を採択した。この第2選択議定書は,1991年7月11日効力を発生し,97年9月末現在29ヵ国が当事国である。日本は当事国ではない。
執筆者:芹田 健太郎
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(宮崎繁樹 明治大学名誉教授 / 2008年)
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(1)「経済的・社会的及び文化的権利に関する国際規約」(A規約),(2)「市民的及び政治的権利に関する国際規約」(B規約),および(3)「市民的及び政治的権利に関する国際規約の選択議定書」の三つからなる国際人権条約の総称。1966年,国連総会で採択され,76年に発効。人権の世界共通基準が世界人権宣言で設けられたのち,国連はこうした世界基準に法的拘束力を持たせるための条約化に取り組み,それが国際人権規約として実現した。世界人権宣言にはなかった自決権がA・B両規約の共通1条として規定されている。国際人権規約は,その後国連で採択された幾多の人権保障条約の基礎をなす条約である。A・B両規約とも,世界の4分の3にあたる約150カ国が批准している(2006年)。
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出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
…国際法上は,外国人の地位は,各国が外交・内政の方針等から自由に決定しうるのが原則とされてきた。しかし,今日では,国際人権規約などによって,国際法上の制約が大きくなったことが注目される。その結果,これまで,私権の享有についていわれていた内国民待遇ないし内外人平等主義が,公権(基本的人権)についても適用されるようになった。…
…日本では,下中弥三郎が1920年に《教育再造》ではじめて学習権の主張をし,彼が中心となって結成された日本教員組合啓明会(1920)の綱領に取り入れられた。今日では,世界人権宣言(1948),児童の権利宣言(1959),国際人権規約(1966。いずれも国連総会で採択)においても確認されている人間の権利である。…
…世界人権宣言の趣旨に基づき,国際民間団体としてアムネスティ・インターナショナルが結成され(1961),政治犯の釈放や囚人の人権擁護のために活動している。 世界人権宣言はすべての国が達成すべき共通の基準として布告されたのであって法的な拘束力を有しないが,これに補正を加え条約化したのが,66年12月16日の第21回総会で採択された国際人権規約である。これは〈経済的,社会的及び文化的権利に関する国際規約〉(A規約)と〈市民的及び政治的権利に関する国際規約〉(B規約)からなる。…
…すなわち,生まれた子がただちに人間らしい取扱いを受けることを具体的に保障すること,したがってまた胎児と母体の保護を十分に保障することである。2度にわたる世界戦争の悲惨な結果は,国際連盟の児童の権利宣言(1924),国際連合の世界人権宣言(1948),国際人権規約(1966),子どもの権利条約(1989)などにおいて,この方向への発展を促した。とくに国際人権規約および子どもの権利条約は,すべての児童が出生後ただちに氏名を有し,国籍を取得し,さらに家族,社会,国家から未成年者としての地位に必要な保護措置を受ける権利を保障した。…
…これは民族文化軽視への不満に発しており,本国政府により弾圧されたが,国民会議派が支持し,独立後の教育建設の基盤となった。 第2次大戦後には世界人権宣言が出され,また国際的に民族教育の基本を定め,各国・各民族が承認しているのは〈国際人権規約〉(1976)であり,そこにはまず民族自決権が規定されている(A規約第1条)。これにもとづき民族の文化的発展の自由な追求を担う力量の形成,民族的自覚の形成などが求められる。…
…この条約の保護する人権はいわゆる自由権であり,生命権,拷問・非人道的待遇または刑罰の禁止,奴隷・苦役・強制労働の禁止,身体の自由と安全,公正公開の審理を受ける権利,無罪の推定,刑事被告人の諸権利,刑法の不遡及,プライバシーの保護,思想・良心・宗教の自由,表現の自由,集会・結社の自由,婚姻し家庭を設ける権利,公的救済の権利,保護されている権利・自由の無差別享有のほか,財産権・教育権・自由選挙の保障,移動・居住・出国の自由,自国からの不追放,自国への入国の自由,外国人の集団的追放の禁止などである。この条約の最大の特色は,条約の履行を確保するための措置,いわゆる実施措置にあり,国際人権規約も米州人権条約も実施措置の面ではこの条約をモデルにしている。この条約はヨーロッパ人権委員会,ヨーロッパ人権裁判所を設置し,委員会には個人も提訴できるシステムを採用していたが,1998年11月1日に発効する第11議定書によって全面的に改められ,裁判所と委員会は廃止され,新裁判所がこれにとってかわる。…
…この自由を制限または妨害しようとする約定および処理はすべて違法である〉(159条)と定めたのを嚆矢(こうし)とする。 労働基本権は今日すべての国で保障されるべき基本的人権とされ,その旨は1948年に国連が採択した世界人権宣言(23条)および1966年の〈経済的,社会的及び文化的権利に関する国際規約〉(国際人権規約6~8条)にも明らかにされている。また国際労働機関(ILO)は労働基本権なかんずく団結権の保護の重要性にかんがみ〈結社の自由及び団結権の保護に関する条約(87号)〉を採択するとともに,この条約を批准していない国に対しても,労働者の団結権を保護するため〈結社の自由〉委員会による特別な救済制度を設けている。…
※「国際人権規約」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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