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小泉純一郎内閣 こいずみじゅんいちろうないかく

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百科事典マイペディアの解説

小泉純一郎内閣【こいずみじゅんいちろうないかく】

2001年4月26日〜2006年9月26日。第2次森喜朗内閣の総辞職を受け,新しく総裁に選ばれた小泉純一郎を首相として組閣。自由民主党公明党保守党連立政権
→関連項目安倍晋三内閣学力テスト経済財政諮問会議三位一体改革日本

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

小泉純一郎内閣
こいずみじゅんいちろうないかく

平成期に小泉純一郎を首班として組閣された第一~三次にわたる内閣。

第一次

(2001.4.26~2003.11.19 平成13~15)
自由民主党、公明党、保守党(のち保守新党)の連立内閣。2001年(平成13)4月、森喜朗内閣の支持率が急激に低下した責任をとり森喜朗総裁が辞任、森派会長であった小泉純一郎(立候補に際して森派を離脱)が総裁に選出された。森内閣の総辞職を受けて衆参両院で首相指名投票が行われ、小泉総裁を総理大臣に選出、小泉内閣が発足した。小泉内閣は田中真紀子(1944― )など女性閣僚5名の登用をはじめ、民間人3名の登用など、当時としては従来の派閥による政治運営を排した特色のある組閣人事となった。小泉首相は、小渕恵三内閣、森内閣での景気回復の最優先から、構造改革の推進へと基本政策の転換を打ち出した。また、郵政事業の民営化や首相公選制実現のための憲法改正を提唱した。2001年11月、テロ対策特別措置法を公布・施行。2002年9月には小泉首相が北朝鮮を訪問、最高指導者である総書記金正日(きんしょうにち/キムジョンイル)と会談し、日朝の国交正常化交渉を進めることなどを内容とする日朝平壌(ピョンヤン)宣言に署名した。また、この訪朝により、日本人拉致事件(らちじけん)について、北朝鮮によって拉致された日本人の生死に関する情報が提示され、同年10月、事件被害者のうち 5人が日本への帰国を果たした。2003年10月10日衆院を解散、11月9日総選挙で与党3党は278議席を獲得(うち自民党は240議席)し、同月19日小泉は総理大臣に再選された。[編集部]

第二次

(2003.11.19~2005.9.21 平成15~17)
自民、公明2党の連立内閣(保守新党は自民党と合併し解党)。重点政策として、(1)デフレの早期克服と名目2%成長の達成、(2)将来にわたり安心できる年金制度の構築、(3)世界一安全な国の復活、(4)予算の徹底した効率化と行政改革の推進、(5)北朝鮮問題の解決、日米同盟・国際協調重視の外交・安全保障の推進――の5項目をあげた。外交では、イラク復興支援特別措置法に基づき、2004年1月に陸上自衛隊のイラク派遣部隊をイラク南東部のサマーワに出発させ、復興支援を本格化させた。2004年5月には小泉首相が再度北朝鮮を訪問、金正日との会談で日朝双方が日朝平壌宣言を履行することなどを確認、北朝鮮に対し、国際機関を通じて食糧、医薬品などの人道支援を行うことを表明した。このとき、拉致被害者の家族8人のうちの5人の日本帰国を実現させた(2004年7月には残りの3人が帰国・来日)。郵政事業の民営化については、2007年からの実施を目ざし、2004年9月に「郵政民営化の基本方針」を閣議決定、2005年7月に郵政民営化関連法案を国会に提出した。しかし同年8月8日、同法案は参議院で自民党反対派の造反により否決、これを受けて小泉首相は衆議院を即日解散した。首相は選挙戦で郵政民営化を最大の争点に掲げ、造反議員の選挙区に郵政民営化賛成の対立候補(いわゆる「刺客(しかく)」)を擁立するなど「小泉劇場」ともよばれた選挙活動を展開し、有権者の関心を高めた。9月11日の衆院選で自民党は296議席を獲得、自公与党でも定数の3分の2(320)を超える327議席で圧勝した。この選挙で初当選した自民党の新人議員は83名にのぼり「小泉チルドレン」とよばれている。選挙後は郵政民営化法案の早期成立のため全閣僚再任で第三次小泉内閣を組閣した。[編集部]

第三次

(2005.9.21~2006.9.26 平成17~18)
自民、公明2党の連立内閣。2005年10月14日、第163特別国会参院本会議で郵政民営化関連法案等が成立。特別国会閉幕後の同月31日に内閣改造が行われ、第三次小泉改造内閣が発足した。新内閣は全体的には堅実な布陣で「小泉路線の後継者(いわゆるポスト小泉)」の有力候補を要所に配した「改革続行内閣」となった。幹事長代理であった安倍晋三(あべしんぞう)(1954― )、衆院初当選の猪口邦子(いのぐちくにこ)(1952― )ら7名が初入閣した。新内閣の優先課題として、(1)医療、年金など社会保障改革、(2)国・地方財政の三位一体改革の具体化、(3)中国、韓国、隣国との友好関係、日米同盟と国際協調の強化をあげた。また基本方針として、(1)「官から民へ」「国から地方へ」の徹底、(2)経済の活性化、(3)暮らしの安心と安全の確保、(4)外交・安全保障・危機管理、(5)政治改革――の5項目を示した。小泉内閣の最重要課題である郵政民営化については、2006年4月に郵政民営化委員会を設置、国営の日本郵政公社は2007年10月に解散し、郵便、郵便貯金、簡易保険の郵政3事業は日本郵政株式会社に移管し、傘下の4事業会社(郵便局株式会社、郵便事業株式会社、株式会社ゆうちょ銀行、株式会社かんぽ生命保険)に分割して引き継がれた。小泉首相は在任最後の年となった2006年に終戦記念日の靖国神社参拝を実行。これは2001年の自民党総裁選の際の公約であった。現職の首相が終戦記念日に参拝をするのは、1985年の中曽根康弘以来のことであり、国内外に波紋をよんだ。2006年9月26日任期満了により退任、5年5か月にわたる長期政権は佐藤栄作、吉田茂に次ぎ戦後歴代3位である。[編集部]
『TBSブリタニカ編集部編『万機公論に決すべし――小泉純一郎首相の「所信表明演説」』(2001・TBSブリタニカ) ▽窪田明著『検証・小泉政治改革――近代日本政治発展史における小泉内閣の地位』(2004・碧天舎) ▽秋山和宏著『小泉内閣検証』(2005・三和書籍) ▽屋山太郎著『小泉純一郎宰相論――日本再生への道筋をつけた男』(2005・海竜社) ▽清水真人著『官邸主導――小泉純一郎の革命』(2005・日本経済新聞社) ▽御厨貴著『ニヒリズムの宰相小泉純一郎論』(PHP新書)』

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