安倍晋三内閣(読み)あべしんぞうないかく

日本大百科全書(ニッポニカ)「安倍晋三内閣」の解説

安倍晋三内閣
あべしんぞうないかく

安倍晋三を内閣総理大臣とする内閣。2006年(平成18)から2007年の第一次安倍内閣の時期を「第一次安倍政権」、2012年から2020年(令和2)までの第二次安倍内閣から第四次安倍内閣の時期を「第二次安倍政権」とする。

[伊藤 悟 2021年4月16日]

第一次安倍政権

(2006.9.26~2007.9.26 平成18~19)
自由民主党(自民党)総裁の任期終了により退陣した小泉純一郎内閣にかわって成立した自民党と公明党の連立内閣。組閣にあたっては「保守の再構築」や「戦後レジーム(体制)からの脱却」を基本的な政治姿勢とする安倍首相と政治信条を共有し、国家観や憲法観などで伝統的な考え方を重視する保守色の強いメンバーが多く登用された。また首相補佐官を定員いっぱいの5人任命し、安全保障、日本人拉致(らち)問題、教育改革など政権の目玉とする政策を官邸主導で実行しようとの意図がうかがわれた。課題としては、外交面では小泉前首相の靖国(やすくに)神社参拝問題などで冷えきっていた日中・日韓関係の改善や拉致問題の解決を含めた北朝鮮との関係正常化などに取り組むとし、2006年(平成18)10月には中国、韓国訪問を果たした。内政面では、最重要課題として教育改革をあげ、教育基本法改正実現、小泉政権が行った構造改革路線を「加速させ、補強していきたい」(安倍首相)として格差是正のための「再チャレンジ推進策」の実行、また財政再建問題では、2011年にプライマリーバランス(基礎的財政収支)の黒字化達成を目標とし、当面、歳出削減による財政再建を目ざすとした。憲法改正については改正に必要な国民投票実施のための法律である国民投票法(「日本国憲法の改正手続に関する法律」平成19年法律第51号)を2007年5月に成立させた。しかし閣僚の相次ぐ政治資金問題、事務所費の不正計上や失言、さらに社会保険庁のずさんな年金事務処理の問題も浮上し国民の支持は低下した。2007年7月の参議院議員選挙で自民党は大敗したものの安倍首相は続投を表明し、8月27日に改造内閣を発足させた。しかし同年9月26日には辞任、内閣は総辞職した。

[伊藤 悟 2021年4月16日]

第二次安倍政権

(2012.12.26~2020.9.16  平成24~令和2年)
8年近く続いた自民党と公明党の連立内閣。2012年(平成24)の総選挙で民主党が大敗して野田佳彦(のだよしひこ)内閣は総辞職し、自民党総裁に復帰した安倍が総理大臣に就任した。連続期間としても、第一次政権期をあわせた通算期間でも憲政史上最長の内閣。2014年と2017年の総選挙でいずれも与党が勝利したため、第二次安倍内閣(2012.12.26~2014.12.24)、第三次安倍内閣(2014.12.24~2017.11.1)、第四次安倍内閣(2017.11.1~2020.9.16)となる。衆参両院で安定多数を維持し続けた。内政面ではまずデフレからの脱却を掲げ、2014年に「大胆な金融政策」「機動的な財政政策」「民間投資を喚起する成長戦略」を3本の柱とする「アベノミクス」を展開した。これにより株価は上昇し春闘でも賃上げが実現するなどしたが、格差はむしろ拡大したとの批判がある。消費税増税については2014年4月に5%から8%に引き上げ、翌2015年10月に10%への引き上げが予定されていたが、経済成長優先を理由に二度にわたって引き上げを延期し、2019年10月に10%への引き上げと軽減税率の導入を行った。北朝鮮の核開発や中国の海洋進出などは日本の安全保障上の重大な脅威であるとし、2015年9月に「平和安全法制整備法」(安全保障関連法。「我が国及び国際社会の平和及び安全の確保に資するための自衛隊法等の一部を改正する法律」平成27年法律第76号)公布、集団的自衛権の行使も可能だとして自衛隊の海外派兵への道を拡大した。また2013年12月に安全保障情報などを「特定秘密」に指定し漏えい防止を図る特定秘密保護法(「特定秘密の保護に関する法律」平成25年法律第108号)を公布した。これらについては実質的な改憲であるとの声が国内外から寄せられた。憲法改正問題では2016年の参議院議員選挙で与党に加え、憲法改正に積極的な会派をあわせると初めて定数の3分の2を上回り、2012年以来衆議院では与党が3分の2以上であったため改正が現実的なものとなった。安倍首相も「2020年を新憲法施行の年としたい」と述べ積極的な姿勢を示した。また2016年の熊本地震をはじめ台風による洪水被害や、2020年以降の新型コロナウイルス感染症(COVID(コビッド)-19)の拡大などが起こり、こうした際に有効な対策がとれるよう憲法を改正すべきとの意見もあったが、結局改正に向けて具体的な前進はほとんどみられなかった。

 2016年8月天皇明仁(あきひと)が高齢を理由に譲位の意向を示し、2019年4月30日退位、翌日皇太子徳仁(なるひと)親王が即位した。これにあわせ新しい年号を「令和」と決定した。外交面では北朝鮮による拉致問題の全面解決を掲げたが、核開発に対する制裁措置などによりまったく進展しなかった。日中関係は尖閣(せんかく)諸島問題やタカ派的な安保・防衛政策が原因で冷却化したが、2017年以降は戦略的互恵関係に基づく日中関係の発展を前面に出して急速に関係は改善された。2020年(令和2)には国家主席習近平(シュウキンペイ)の訪日が予定されたが、新型コロナウイルス感染症が拡大するなかで延期となった。ロシアとは安倍首相とプーチン大統領との個人的関係が強調され、北方領土返還と国交正常化への期待をもたせたが進展をみなかった。日米関係ではトランプ大統領当選後に世界で最初に非公式会談を行うなど親密さをアピールし、アメリカのTPP(環太平洋経済連携協定)離脱にあたってはこれを撤回させるとしたものの不調に終わった。またアメリカの農産物に関して市場開放を行う日米貿易協定を2020年1月に発効させた。沖縄県の普天間(ふてんま)基地の移設問題では名護(なご)市辺野古(へのこ)沖を埋め立てて基地を移設する方針を一貫してとり、工事を強行した。政権末期には「森友(もりとも)学園問題」、「加計(かけ)学園問題」、「桜を見る会問題」など安倍首相が関与するとされる疑惑が噴出した。このなかの「森友学園問題」では国有地売却の財務省の決裁文書が疑惑発覚後に改ざんされるという前代未聞の事態となり、財務省幹部が処分を受けた。また改ざんを強要されたとするメモを残して財務省職員が自殺した。また「桜を見る会問題」では招待者名簿が廃棄されるなど政治主導(官邸支配)の下での官僚の「忖度(そんたく)」が話題となった。2020年1月以降新型コロナウイルスの感染が拡大し、2月に全国の小中高等学校に休校を求める通知が出され、3月には新型コロナ対応の特別措置法を成立させたが、7月~8月に予定されていたオリンピック・パラリンピック東京大会の1年延期に追い込まれた。8月28日安倍首相は病気(潰瘍(かいよう)性大腸炎)を理由に辞任を表明し、9月16日安倍内閣は総辞職した。

[伊藤 悟 2021年4月16日]

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百科事典マイペディア「安倍晋三内閣」の解説

安倍晋三内閣【あべしんぞうないかく】

〔第一次〕 2006年9月26日発足。第三次小泉純一郎内閣の総辞職に伴い,自由民主党総裁安倍晋三が第90代(57人目)の内閣総理大臣に指名され,公明党との連立による内閣が発足した。衆議院本会議での初の所信表明演説で,〈美しい国創り内閣〉〈筋肉質の政府〉による改革続行,再チャレンジ可能な社会の形成,教育再生,憲法改定を前提とした国民投票法の成立などを挙げ,北朝鮮による日本人拉致問題への取組みを強化するため拉致問題対策本部を設置した(本部長は総理大臣)。2006年12月に地方分権改革担当大臣を新設,改正教育基本法を成立させた。2007年5月には国民投票法を成立させた。しかし閣僚の事務所経費不正など不祥事が相次ぎ,2007年7月の参議院選挙で大敗。安倍首相自身の体調悪化も加わり,2007年9月臨時国会での所信表明の2日後に安倍首相は辞任し内閣総辞職。後任の自民党総裁・首相は福田康夫。〔第二次〕 2012年12月の衆議院選挙で自民党は,3年余の民主党政権の失敗に助けられ大勝,政権奪還を果たし,安倍は第96代内閣総理大臣に選出され,自公連立の第二次安倍晋三内閣を発足させた。経済再生を最優先課題として,いわゆるアベノミクスを提唱,〈大胆な金融政策〉,〈機動的な財政政策〉,〈民間投資を喚起する成長戦略〉という3つの基本方針をかかげ,個別政策として,2%のインフレターゲットによるデフレスパイラルからの脱却,円高是正,無制限の量的緩和,大規模な公共投資による国土強靱化計画などを次々に打ち出した。内閣は積極的平和主義をかかげ政権公約でもある憲法改正に取り組む姿勢を鮮明にした。安倍内閣は2013年12月に,世論調査で反対が50%をはるかに超えていた特定秘密保護法を強引に成立させ,2014年7月集団的自衛権行使容認の閣議決定に踏み切った。2014年4月には消費税8%導入を実行,日銀はさらに追加緩和を進めたが,アベノミクスの経済効果は依然限定的であった。〔第三次〕 2014年12月の衆議院選挙で自民党は公明党と合わせて議席数の3分の2を超え大勝,安倍は第97代内閣総理大臣に選出され自公連立による第三次安倍晋三内閣を発足させた。2015年安全保障法制議論を開始,政府が自衛隊をいつでも派遣できるようにする恒久法(一般法)制定の姿勢を打ち出した。連立与党の公明党はこうした一連の解釈改憲から安全保障問題に至る安倍内閣の国家主義的姿勢に対して慎重で,個別政策には留保姿勢を見せたものの最終的には常に容認している。中国・韓国は安倍内閣の一貫した右派的姿勢に批判を強め,外交関係は冷却している。
→関連項目麻生太郎麻生太郎内閣エネルギー政策解釈改憲菅直人教育行政金融緩和河野談話国家安全保障局自由民主党積極的平和主義TPP電力システム改革日本日本経済再生本部村山談話

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