小田城跡(読み)おだじょうあと

国指定史跡ガイドの解説

おだじょうあと【小田城跡】


茨城県つくば市小田にある城跡。宝篋(ほうきょう)山の南西の尾根の麓にあり、東西約1km、南北約700mの城域をもち、築城当初は本丸を中心に、四方に堀と土塁をめぐらせた館であったといわれる。鎌倉時代から戦国時代まで小田氏の居城であり、小田氏の祖、鎌倉御家人だった八田知家が1185年(文治1)に常陸(ひたち)守護に任じられ、この地に居館を構えたことが始まりという。南北朝時代に、城主小田治久が南朝方に属し、小田城は常陸南部における南朝方の拠点となり、北畠親房(ちかふさ)などが入城した。1338年(延元3・暦応1)に小田城に入った親房は、後醍醐(ごだいご)天皇崩御の知らせをここで聞き、幼帝後村上天皇のために南朝の正統性を述べる『神皇正統記(じんのうしょうとうき)』を記したとされている。戦国時代には、小田氏は佐竹氏、多賀谷氏、真壁氏や上杉謙信、後北条氏らと抗争を繰り返し、後に後北条氏と結んだ小田氏治は、1569年(永禄12)の手這坂(てばいざか)の戦いで敗れ、城は佐竹氏のものとなった。そして、城は佐竹氏が城代として守らせた梶原政景によって改修され、現在知り得る姿になった。その後、1602年(慶長7)の佐竹氏の秋田移封にともなって、廃城となった。戦国期には周辺は湿地帯であったため、堀はほとんど水堀で、中心部に築かれた東西120m、南北140mの主郭(しゅかく)は、土塁と3重の堀に囲まれ、土塁の隅には櫓(やぐら)台跡が確認された。1935年(昭和10)に国指定史跡になり、1997年(平成9)から発掘調査が行われ、整備事業も進んでいる。つくばエクスプレスつくば駅から車で約30分。

出典 講談社国指定史跡ガイドについて 情報

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