コトバンクはYahoo!辞書と技術提携しています。

小西重直 こにししげなお

5件 の用語解説(小西重直の意味・用語解説を検索)

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

小西重直
こにししげなお

[生]1875. 米沢
[没]1948.7.2. 東京
教育学者。 1898年東京大学哲学科卒業後,欧米に留学し,帰国後広島高等師範学校教授,第七高等学校長などを経て,1913年京都大学教授,のち総長。その教育学は教育精神の神髄を信に基づく敬愛に求め,自己の生活と教育実践によって発展させた人格教育学,体験の教育学,生命の教育学であり,成城学園玉川学園などの労作教育に影響を与えた。

本文は出典元の記述の一部を掲載しています。

出典|ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
Copyright (c) 2014 Britannica Japan Co., Ltd. All rights reserved.
それぞれの記述は執筆時点でのもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

デジタル大辞泉の解説

こにし‐しげなお〔‐しげなほ〕【小西重直】

[1875~1948]教育学者。山形の生まれ。東大卒。労作教育論を唱える。七高校長・京大総長を歴任するが、滝川事件で辞任。著作に「教育の本質観」「労作教育」など。

出典|小学館 この辞書の凡例を見る
監修:松村明
編集委員:池上秋彦、金田弘、杉崎一雄、鈴木丹士郎、中嶋尚、林巨樹、飛田良文
編集協力:曽根脩
(C)Shogakukan Inc.
それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

小西重直 こにし-しげなお

1875-1948 明治-昭和時代の教育学者。
明治8年1月15日生まれ。広島高師教授などをへて大正2年京都帝大教授。昭和8年総長となるが,滝川事件で辞任。ペスタロッチ広瀬淡窓に関心をよせ,労作教育論をとなえた。昭和23年7月21日死去。74歳。山形県出身。東京帝大卒。旧姓は富所(とんどころ)。幼名は代吉。著作に「教育の本質観」「労作教育」など。

出典|講談社 この辞書の凡例を見る
(C)Kodansha 2015.
書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

大辞林 第三版の解説

こにししげなお【小西重直】

1875~1948) 教育学者。山形県生まれ。労作教育論を唱える。京大総長となるが滝川事件で辞任。著「教育の本質観」など。

出典|三省堂
(C) Sanseido Co.,Ltd. 編者:松村明 編 発行者:株式会社 三省堂 ※ 書籍版『大辞林第三版』の図表・付録は収録させておりません。 ※ それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

小西重直
こにししげなお
(1875―1948)

教育学者。明治8年1月15日山形県米沢(よねざわ)の富所(とんどころ)家に生まれ、11歳のとき小西家の養嗣子(ようしし)となる。幼名代吉。会津日新館、福島県尋常中学校、第二高等学校を経て東京帝国大学哲学科で教育学を専攻。卒業後1902~1905年(明治35~38)ドイツ、イギリス、アメリカに留学。帰国後、広島高等師範学校教授、文部省視学官、第七高等学校校長を経て、1913年(大正2)京都帝国大学文学部教育学教授法講座の担当教授となる。1933年(昭和8)3月京大総長に就任したが、滝川事件により6月辞任。その教育哲学は和洋の教育思想、とくにペスタロッチの影響を受け、晩年には広瀬淡窓(たんそう)にひかれ、「至誠真実」の顕現としての「敬愛信」を教育の根本精神とし、教育の本質として労作教育を重視した。主著に『学校教育』(1908)、『教育の本質観』(1930)、『労作教育』(1930)、『広瀬淡窓』(1943)などがある。昭和23年7月21日没。[小股憲明]
『『小西博士全集』全5巻(1935・玉川学園出版部) ▽加藤仁平著『小西重直の生涯と思想』(1967・黎明書房)』

出典|小学館 日本大百科全書(ニッポニカ) この辞書の凡例を見る
(C)Shogakukan Inc.
それぞれの解説は執筆時点のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

小西重直の関連キーワード米沢市没・歿勃・歿・没米沢新聞米沢スキー場山形県米沢市城南山形県米沢市門東町Diaz de la Peña,N.米沢電気工事

今日のキーワード

トランスアジア航空

台湾・台北市に本拠を置く航空会社。中国語名は復興航空。1951年、台湾初の民間航空会社として設立。83年に台湾の国産実業グループに経営移管され、組織改編を実施した。92年に国際チャーター便の運航を始め...

続きを読む

コトバンク for iPhone