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小野老 おののおゆ

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

小野老
おののおゆ

[生]持統3(689)
[没]天平9(737).6.11.
奈良時代初期の官人。大宰大弐従四位下にいたる。大宰大弐在任中,部下を南島に派遣して,島名などを記した牌 (看板) を立て,漂着船にそなえさせている。また「青丹よし奈良の都は咲く花の匂ふがごとく今盛りなり」の歌の作者。

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出典|ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
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デジタル大辞泉の解説

おの‐の‐おゆ〔をの‐〕【小野老】

[689ころ~737ころ]奈良時代の万葉歌人。大宰大弐(だざいのだいに)。

出典|小学館
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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

小野老 おのの-おゆ

?-737 奈良時代の官吏。
小野石根(いわね)の父。養老3年(719)従五位下となり,翌年右少弁となる。大宰少弐(だざいのしょうに)として筑紫(つくし)におもむき,のち従四位下,大宰大弐(だいに)となった。大宰府在任中の歌が「万葉集」に3首おさめられている。天平(てんぴょう)9年6月11日死去。
【格言など】あをによし寧楽(なら)の京師(みやこ)は咲く花の薫(にほ)ふがごとく今盛りなり(「万葉集」)

出典|講談社
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朝日日本歴史人物事典の解説

小野老

没年:天平9.6(737)
生年:生年不詳
奈良時代の官人で万葉歌人。石根の父。天平10(738)年を没年とする説あり。神亀年間(724~29)には大宰少弐として『万葉集』に歌をのこしている。神亀5年大宰大弐となり,香椎浦(福岡市)で「時つ風吹くべくなりぬ香椎潟潮干の浦に玉藻刈りてな」と詠んでいる。大宰大弐のままで死去。業績については,高橋牛養を南島(沖縄諸島)に遣わして,漂着船のためにそれぞれの島に島の名,船の泊所,給水所および本土からの距離を記した碑を建てたと『続日本紀』に記されている。このような老の仕事は当時,遣唐使は南海路を通ることが多かったこともあって,律令政府には南島への関心があったことの表れでもある。

(鬼頭清明)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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世界大百科事典 第2版の解説

おののおゆ【小野老】

?‐737(天平9)
万葉歌人。遣唐副使石根(いわね)の父。右少弁を経て神亀末年大宰少弐として筑紫にあり,大伴旅人山上憶良らとともにいわゆる〈筑紫歌壇〉の一員として万葉史上の新風をつくり出した。大弐昇格は733年正五位上昇叙の折か。従四位下大弐に昇り,没す。《万葉集》に短歌3首。望京の念をこめて都の栄華を歌った〈あをによし奈良の都は咲く花の薫(にお)ふがごとく今盛りなり〉が有名。【井村 哲夫】

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト
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大辞林 第三版の解説

おののおゆ【小野老】

?~737) 奈良前期の官人。右少弁・大宰大弐などを歴任。万葉集に歌三首がみえる。

出典|三省堂
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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

小野老
おののおゆ
(?―737)

奈良時代の歌人。姓(かばね)は朝臣(あそみ)。719年(養老3)正月従(じゅ)五位下、720年10月右少弁となり、729年(天平1)3月従五位上(『続日本紀』)。このころ大宰少弐(だざいのしょうに)となって九州に赴任(『万葉集』)。以後731年正月正五位下、733年3月正五位上、734年正月従四位下に昇進、737年6月大宰大弐在任中に没した。777年(宝亀8)の遣唐副使小野朝臣石根(いわね)の父(『続日本紀』)。天平(てんぴょう)初年大宰少弐時代の短歌3首が『万葉集』にみえる。「あをによし奈良の都は咲く花のにほふがごとく今盛りなり」は、平城京の盛容をたたえた作としてとくに有名。[稲岡耕二]

出典|小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)
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