山手樹一郎(読み)ヤマテ キイチロウ

20世紀日本人名事典 「山手樹一郎」の解説

山手 樹一郎
ヤマテ キイチロウ

昭和期の小説



生年
明治32(1899)年2月11日

没年
昭和53(1978)年3月16日

出生地
栃木県黒磯市

本名
井口 長次(イグチ チョウジ)

別名
別名=井口 朝二

学歴〔年〕
明治中〔大正6年〕卒

主な受賞名〔年〕
野間文芸奨励賞(第4回)〔昭和19年〕「獄中記」「檻送記」「蟄居記」,勲三等瑞宝章〔昭和52年〕

経歴
昭和2年博文館入社。「少年少女譚海」の編集に携わりながら、「大剣聖荒木又右衛門」を発表。8年大林清・梶野千万騎らと、同人誌「大衆文学」を創刊。14年博文館を退社長谷川伸主宰「十五日の会」(のちの新鷹派)に加わり、作家活動に入る。同年新聞小説桃太郎侍」で人気を得る。戦後は22年から「夢介千両みやげ」を連載、その後も数多くの時代小説を書きつづけ、ユーモアと痛快さにあふれた作風は幅広い人気を集め、“貸本屋のベストセラー作家”の異名をとった。他の代表作に「獄中記」「檻送記」「蟄居記」の3部作をまとめた「崋山と長英」など。「山手樹一郎全集」(全40巻 講談社)、「山手樹一郎短編小説全集」(全15巻 桃園書房)、「山手樹一郎長編時代小説全集」(全82巻)が刊行されている。創作一方要会をつくり、後進の指導育成にもあたった。

出典 日外アソシエーツ「20世紀日本人名事典」(2004年刊)20世紀日本人名事典について 情報

日本大百科全書(ニッポニカ) 「山手樹一郎」の意味・わかりやすい解説

山手樹一郎
やまてきいちろう
(1899―1978)

小説家。栃木県生まれ。本名井口長次。明治中学卒業後、博文館入社、少年雑誌『譚海(たんかい)』の編集に従い、寄稿家の若き山本周五郎らと親交を結んだ。1933年(昭和8)『一年余日』が『サンデー毎日』の大衆文芸賞の佳作入選。39年に退社、長谷川伸(はせがわしん)門下に入って創作活動に専念した。代表作は、野間文芸奨励賞を受けた『崋山(かざん)と長英』(1943~44)のほか、『桃太郎侍』(1940~41)、『夢介(ゆめすけ)千両みやげ』(1947~49)など。第二次世界大戦後の貸本屋全盛のころには、作中人物の明朗性と勧善懲悪を特色とする時代ユーモア小説は、もっとも多くの読者によって愛読された。

[磯貝勝太郎]

『『山手樹一郎時代小説全集』82巻・別巻2(1979~80・春陽堂書店)』

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百科事典マイペディア 「山手樹一郎」の意味・わかりやすい解説

山手樹一郎【やまてきいちろう】

小説家。本名井口長次。栃木県生れ。明治中学卒。博文館で大衆誌の編集に携わりながら,井口朝二の筆名で小説を発表。初の新聞連載《桃太郎侍》(1929年―1930年)が人気を博す。《獄中記》《檻送(かんそう)記》《蟄居(ちっきょ)記》の3部作で野間文芸奨励賞受賞。これらは《崋山と長英》(1945年)としてまとめられる。他に《夢介千両みやげ》《又四郎行状記》などの時代小説がある。

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デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「山手樹一郎」の解説

山手樹一郎 やまて-きいちろう

1899-1978 昭和時代の小説家。
明治32年2月11日生まれ。博文館に入社,「譚海(たんかい)」編集長。昭和14年退社して長谷川伸に師事,新聞小説「桃太郎侍」が好評を博す。山手調とよばれる型をきずき,戦後の貸本屋の人気作家となった。昭和53年3月16日死去。79歳。栃木県出身。明治中学卒。本名は井口長次。著作はほかに「崋山(かざん)と長英」「夢介千両みやげ」など。

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367日誕生日大事典 「山手樹一郎」の解説

山手 樹一郎 (やまて きいちろう)

生年月日:1899年2月11日
昭和時代の小説家
1978年没

出典 日外アソシエーツ「367日誕生日大事典」367日誕生日大事典について 情報

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