岩井克人(読み)いわいかつひと

日本大百科全書(ニッポニカ) 「岩井克人」の意味・わかりやすい解説

岩井克人
いわいかつひと
(1947― )

経済学者。専門は理論経済学。東京都生まれ。1969年(昭和44)東京大学経済学部卒業。当初そのまま大学院進学を考えていたが、東大闘争の影響で大学院入試がなく、アメリカへ留学。1972年マサチューセッツ工科大学(MIT)経済学部大学院博士課程修了、博士号Ph. D. 取得。その後カリフォルニア大学バークリー校経済学部研究員、エール大学経済学部助教授、同大学コールズ経済研究所上級研究員を経て、1981年に帰国し東京大学経済学部助教授、1989年(平成1)同教授。この間プリンストン大学客員準教授、ペンシルベニア大学客員教授を歴任。1996年東京大学大学院経済学研究科教授。2001~2003年(平成13~15)同大学経済学部長。その後、東京大学名誉教授、国際基督教大学客員教授となった。アダム・スミスマルクスウィクセルケインズハイエクシュンペーター等の批判的検討を通して、資本主義論の再検討・再構築を一貫したテーマとする。

 MIT在籍当初、数理経済学の分野で主流派(新古典学派)経済学の若き俊英として注目を集めたが、アメリカ流の経済学メソッドに沿った論文の量産という研究姿勢に疑問を抱き、以降7年間、資本主義の根源的な問題に迫る研究に没頭。その成果は『不均衡動学Disequilibrium Dynamics(1981)に結実、同書で1982年日経・経済図書文化賞特賞を受賞する。不均衡動学理論の要諦(ようてい)は、主流派経済学の理論的前提のもとで、その理論を徹底すると主流派経済学の前提が壊れてしまうことをみいだしたところにある。主流派理論の中核をなすワルラス流の一般均衡理論では、価格が決まること、一般に市場が最終的に安定的/均衡的に機能することの前提に、「せり人」をおく。確かに、あらかじめ価格/市場といった対象のレベル(オブジェクト・レベル)に対して、メタレベルに「せり人」、すなわち「見えざる神の手」(アダムスミス)を前提にしてしまえば、価格/市場メカニズムは需要と供給の均衡点で決定されることになる(「せり人」=神の裁定)。しかしそれは、あくまで「せり人」というメタレベルを設定すること、すなわち、ア・プリオリな「神」の位置を前提とすることで成立する「神学」にすぎない。またそこでは、不況や恐慌といったことはあくまで例外的な状況にすぎず、構造的・論理的問題とはならない。しかるに現実の資本主義では不況・恐慌といったことが繰り返し現出する。「均衡」という概念では現実の資本主義の不均衡状態を論理的に説明できないという、主流派経済学の理論的空白を埋める作業として岩井の仕事は構想されたのである。岩井は「せり人」というメタレベルを前提にせず、かつ、主流派の数理経済学のメソッドを駆使して価格/市場といった対象のレベルを直接考察=分析・記述することで、市場の根源的不均衡という結論を導き出した。そこから、差異性からしか利潤は生まれないという資本主義の原理が不可避的に強いる絶えざる不均衡として、資本主義の動学的様相が現れるのである。この知見は『ヴェニスの商人の資本論』(1985)にも盛り込まれ、同時代の思想潮流にも呼応するポスト・モダン経済学として、岩井の思想を広く知らしめた。

 さらに、『貨幣論』(1993)で資本主義の根源的問題として、貨幣とは何かという古くて新しい難問に挑み、従来からある二つの考え方、すなわち、貨幣はそれ自体が価値をもつ商品を起源とするという貨幣商品説、貨幣は社会契約や国家の法に起源をもつという貨幣法制説のどちらをも退け、貨幣は人々に貨幣として受容され、かつ、未来永劫(えいごう)貨幣であることを期待されるがゆえに貨幣であるという、メタレベルを排除した徹底した自己循環論法の理論化によって「貨幣の謎」に迫り、同年のサントリー学芸賞を受賞した。

 またこのころより展開した企業論・会社論(法人資本主義論)は、『会社はこれからどうなるのか』(2003)として結実したが、この著作は従来からの岩井の資本主義論の平易な説明であるだけでなく、現実の資本主義「企業」で生きる人々の、これからのあり方の一つの形をわかりやすく提示したものとして注目を集め、同年小林秀雄賞を受賞している。その他に、『終りなき世界』(1990。柄谷行人との共著)、『二十一世紀の資本主義論』(2000)などがある。夫人は小説家水村美苗(みなえ)(1951― )。

[倉数 茂 2018年6月19日]

『『不均衡動学の理論』(1987・岩波書店)』『柄谷行人・岩井克人著『終りなき世界――90年代の論理』(1990・太田出版)』『『二十一世紀の資本主義論』(2000・筑摩書房)』『『会社はこれからどうなるのか』(2003・平凡社)』『『貨幣論』(ちくま文庫)』『『ヴェニスの商人の資本論』(ちくま学芸文庫)』『Disequilibrium Dynamics; A Theoretical Analysis of Inflation and Unemployment(1981, Yale University Press, New Haven)』

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デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「岩井克人」の解説

岩井克人 いわい-かつひと

1947- 昭和後期-平成時代の経済学者。
昭和22年2月13日生まれ。エール大助教授などをへて,平成元年母校東大の教授。理論経済学を専攻し,不均衡動学の理論を研究。文明批評や現代思想についてのエッセイなども手がける。15年「会社はこれからどうなるのか」で小林秀雄賞。妻は小説家の水村美苗(みなえ)。東京出身。著作に「不均衡動学の理論」「ヴェニスの商人の資本論」「会社はだれのものか」など。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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