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川上澄生 かわかみ

美術人名辞典の解説

川上澄生

木版画家。神奈川県生。本名は澄雄。青山学院高等科卒業。渡米後、英語教師を務めながら、独学で版画を制作。戦後は版画を中心に日本画油絵・ガラス絵等の制作も行った。国画会会員。日本創作版画協会会員。日本版画協会創立会員。栃木県文化功労章受章。昭和47年(1972)歿、77才。

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百科事典マイペディアの解説

川上澄生【かわかみすみお】

版画家。横浜市生れ。青山学院高等科卒。在学中より木版画を始める。卒業後カナダ,アラスカを旅行。1921年宇都宮市の中学で英語教師を務めつつ,国画会等に発表。明治期の文明開化の雰囲気を伝えるものや,南蛮調の作風で知られる。

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

川上澄生 かわかみ-すみお

1895-1972 大正-昭和時代の版画家。
明治28年4月10日生まれ。青山学院高等科在学中に合田(ごうだ)清を知り,木版画をはじめる。カナダなどを放浪後,中学の英語教師をつとめるかたわら木版画家として活動。のち日本創作版画協会会員,国画会会員。文明開化調や南蛮趣味の作品を発表。昭和47年9月1日死去。77歳。神奈川県出身。本名は澄雄。詩画集に「青髯(あおひげ)」など。

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世界大百科事典 第2版の解説

かわかみすみお【川上澄生】

1895‐1972(明治28‐昭和47)
版画家。横浜市に生まれる。1916年青山学院高等科を卒業。17‐18年,カナダ,アメリカに滞在,各地で働き,かつ放浪する。帰国後,21年より栃木県立宇都宮中学で英語を教えるかたわら,木版画を始め,26年国画創作協会展出品の《初夏の風》,27年出版の小型絵入本《青髯》によってロマンティックな作風が注目された。その版画制作はあくまで個人的趣味の範疇(はんちゆう)にあり,素人版画家を自任していた。それだけに生来孤独な精神の放浪者夢想家として気ままに自己の世界を作品に投影し,《絵の上の静物》(1927),《蛮船入津》(1953)など初期から晩年まで,文明開化趣味,南蛮趣味を盛った独得の耽美的モダニズムの版画を制作した。

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大辞林 第三版の解説

かわかみすみお【川上澄生】

1895~1972) 版画家。横浜生まれ。北アメリカを放浪ののち帰国。教職の傍ら、木版画と詩文の刻印を始め、浪漫的傾向の木版本を残した。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

川上澄生
かわかみすみお
(1895―1972)

版画家。横浜市生まれ。1916年(大正5)青山学院高等科を卒業し、翌年から1年余りカナダ、アラスカ、アメリカへ放浪の旅をする。21年から栃木県立宇都宮中学校の英語教師となり、このころから木版画家として活動を始めた。27年(昭和2)日本創作版画協会の会員となり、また国画会展にも出品し、42年には同会の会員となる。文明開化調や南蛮異国趣味に独特の作風を示した。49年(昭和24)第1回栃木県文化功労賞を受賞。また昭和初めから『青髯(あおひげ)』『えげれすいろは』ほか小形木版本を多数刊行した。[小倉忠夫]
『『川上澄生全集』全14巻(中公文庫)』

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